あいをつげるはなし///

「お前が言う愛は、どういう意味の愛なんだ」

「私はお前がくれるその愛に応えよう」

「さぁ、答えてくれ、もみじ」



ねえちゃんは、ときどき難しいことを僕に聞く。



「ねえちゃん、」


ぼくにはそれがわからないよ。
何度も言った言葉だけど、ねえちゃんはじっと僕を見たまま動かない。
こればっかりは、いつだってねえちゃんはこたえをくれない。

「お前が思うとおりでいいんだ」と、ねえちゃんも母さんも僕に言うけれど、僕にはどうしたってその答えがわからない。
だって、こんな難しい問題。間違えたらどうしようと、思わずにはいられない。

うん、と考えあぐねていれば姉ちゃんが続ける。

「お前が私を家族として愛しているのなら、私もそれに応えよう。
お前が私を友として愛してるのなら、私はそれに応えよう。
お前が私を姉として愛しているのなら、私はそれに応えよう。

私はここにいるよ、もみじ」


ねえちゃんはいつでも、すっとろい僕のことを待っていてくれる。
ずっと先を走っていったとしても、僕が来るのを待っていてくれる。
それは今も同じ。

いつまでたってもねえちゃんのところにたどり着けない僕のことを待っていてくれる。

だからぼくは、待たせてるねえちゃんのためにも走らなくちゃいけない。
それだけが僕のやらなくちゃいけないこと。

だから、ぼくはいますぐに、答えを探さなくちゃいけない。

「え、っと…ね」

のどがぎゅっと締まる。うまく声が出せなくて、我ながらになさけない声しか出てこなかった。
考えるのは苦手なんだ。言葉にするのも苦手でしかたがない。こんな感情を吐露することだって、苦手で仕方がない。

けど、考えて考えて、言葉にしながら姉ちゃんに返さなくちゃいけない。ぼくは今ここで、逃げることもできるけれど、そうしたらきっと、本当に大事なものを失ってしまう。

「ねえちゃん、が、言うことは難しいから、」
「あぁ」
「僕にわかるのは、えっと… 姉ちゃんのこと、すき、って、ことと、」

しどろもどろで、考えながら言葉にするのはなんとも難しい。言葉が詰まるのも仕方がないことだとは思うけれど、そんなことで甘えてはいられない。

「母さんが、僕のこと拾ってくれて、さ、育ててくれて。やっと、それで…ぼく、も、愛してもらえるっていうことがわかって、母さんは確かにぼくのことを愛してくれて、僕も母さんのことだいすきで、 …うん、愛してるって、ぼく、も、やっとわかってきたんだ。」

ふと、遠い昔のことを思い出す。

こことは全く違う、寒々しい部屋のこと。ねえちゃんも母さんもいなくって、いたはずの兄さんもいなくなって、ひとりぼっちだったときのこと。
暖かいものなんてたった一つさえないような昔のこと。

「だれも、愛してなんかくれなかった。僕は、知らなかったけど… 母さんじゃない、かあさんも、とうさんも、それに、きっと兄さんも、僕のことを愛してなんかくれなかった。寒くって冷たい部屋だけが僕の居場所で、あったかいものなんて、ごはんの一つだってなかった。だから、母さんが僕のためだけに料理してくれたときだとか、お風呂に入った時だとか… 本当に、驚くことばっかりだったんだ」

そうだ。母さんが僕を抱っこしておうちに連れて帰ってくれたときから、僕は驚いてばかりだった。
暖かな食事なんか初めてだった。暖かいお風呂なんてはじめてだった。暖かい部屋なんてはじめてだった。暖かな寝所なんてはじめてだった。

母さんはそれが当然のことだって教えてくれたけど、どこかではぜんぜん信じられないままだった。
だって、今までなかったものが突然に与えられてそれどころじゃなかったんだ。

いっそ死んでしまうのではないかと思ったほどだったんだ。

そして姉さんにあったんだ。

「母さんと一緒に暮らすようになって、それまでの生活はどっかにいっちゃったんだ。
暗くて寒い部屋にひとりぼっちでいることはなくなっちゃって… 代わりに、僕がそれまで暮らしていた部屋が怖くなるほどに。
ひとりで寝るのなんかあたりまえだったのに、朝起きたらなくなっちゃうんじゃないかって。
…馬鹿だっていうのはわかっているんだ。けど、幸せすぎて、怖かったんだ」

そのことで散々と母さんに迷惑をかけたことも覚えている。
僕は多少、その頃の年頃にしては馬鹿な子供だっただろうけれど、覚えていることは覚えているんだ。

「母さんがしばらくいなくなるとき、困った母さんが、僕を姉さんのところに連れてってくれて、」

それで、眠れない僕のために姉さんはずっとそばにいてくれた。
頭を撫でてくれて、おやすみと言ってくれて。

「それで、姉さんは… あしたの、こと、話してくれたんだ」



”またあした。起きたらなにをする?”


たったそれだけの他愛もない会話が、僕にとっては本当に欲しい言葉だったんだ。

「こないかもしれないと思ってたあしたを、一番最初に教えてくれたのは姉さんだったから」

僕は、その時から、ずーっと姉さんのことが好きだった。
それがどんな”好き”なのかは、難しいから言えないけれど、大好きだっていうことにはかわりない。

「姉さんは、ずっと僕のそばにいてくれたでしょ」

母さんと同じか、それ以上。
姉さんは僕と一緒に今日までいてくれた。

「ほんとうに、あったかかったんだ」


涙が出るくらいに。
そして、二度と手放したくないくらいに。



「ねぇ。……姉さんは…その、僕のこと、少しでもあいしてくれ、る?」

これを聴くのは、ルール違反かもしれないけれど、僕はどうしてもそれだけを今聴きたかった。

「こんな出来損ないの僕でも、姉さんは認めてくれる?」

なんににもなれなかった僕のことを、なにか形ある存在だと認めてくれるのだろうか。
僕のことを部屋の隅の影ではなくて、一人の形ある存在として同じ舞台に立たせてくれるだろうか。

ずっと昔から、僕はそれが知りたかった。

でも、恐れていたんだ。
姉さんや母さんに、もしも否定されてしまったら、とおもうと、これだけはどうしても聞けなかった。

ありえない?

そう、本当はありえないんだ。
母さんは僕にそんなことをいうことはないだろう。
姉さんが僕にそんなことをいうことはないだろう。

それでも、ありえないと分かっていても聞けないほど、僕にとって恐ろしいものはそこにあったから。

「ねえさん、」

ぱちりと驚いたのか、呆れたのか。姉さんが何度か瞬きをしてから、ふ、と息をついた。

「…馬鹿だな。馬鹿だよ、お前は」

ねえちゃんが言う。
ぼくはなにが違ったのかわからなくて、首をかしげてしまう。
そしたら、ねえちゃんは僕のほほを撫でながら、ちょっぴり笑って言った。

「どんな形であっても、ちゃんとお前のことは…あぁ、愛してるよ。
お前はちゃんと、人として生まれて、人として生きて、いまここにいるんじゃないか」

僕は何も言えなかった。

だって、僕はなりそこないのはずだ。だからこうして、なんにもできないで、なんにも答えられないで、ただ泣きそうになりながらねえちゃんに世話を焼いてもらうばっかりなんじゃないか。

人にさえなれなかった。だから、きっと、子供でさえわかるような簡単なこともわからないままでいるんじゃないか。
僕ね、いつも、そう思っていたから。今だって。これからも、ずうっとむかしから。

「もみじ、お前はちゃんと人だよ」

だから、ねえちゃんが僕にそう教えてくれるのが。

「生まれたその時から、ずうっと、変わってないよ」

僕のことをちゃんと、人だなんて言ってくれるのが、途方もなく嬉しくて仕方がない。

「…ねえちゃん」
「なんだ」
「あのね、」

僕のことを育ててくれて、生かしてくれて、人にしてくれたのはね、ねぇさん。

「母さんと、姉さんが、僕のことを愛してくれたから、僕は今ここにいるんだと、思ってるんだ」

きっとこれは間違っていないはずだと僕は、これだけはいえるんだ。
どんなものが愛なのか、わからないけれど。
十何年も生きてきて、やっとわかったのは、遠い昔から母さんと姉さんがくれた暖かなものひとつひとつが愛と呼べるものだったことだけだ。


その中で僕は、


「ねえさんと、ずっといっしょに、いたいんだ」

姉さんの目を真っ直ぐにみる。
言葉がうまくひっぱりだせなくて、ついぱくりと何も言えずに、なんども口だけが開閉してしまうけれど。

「もう、一人は嫌なんだ。姉さんがいない部屋で寝るのは、怖くって、寂しくって、嫌なんだ。
目が覚めたら、赤井もみじっていう人間はいなかったことになるんじゃないかって思うくらいに。

でも、今の僕が一番、怖いのは、」




朝起きて、姉さんがいなくなっちゃうことなんだ。




「そりゃあ、姉さんは仕事とかで朝早くに出て行っちゃうことも多いけど、そうじゃなくってさ。
僕の心と体の半分を作ってくれた姉さんが、夢から覚めたらいなくなってることが何より怖いんだ。
僕にはここに姉さんがいるってはっきりわかるけど、そんなありえないことに怯えてる。
寒い部屋に変えることが怖いわけじゃないんだ」


やっとスタート地点に立てたような僕に、姉さんがなんてこたえを聞きたいと思っているのかなんてわからない。

それでも。


「ねえさんのとなりに、ずっといたい。ねえさんにずっとあいされてたい。それで、いつか、ぼくも…ねえさんのことをちゃんと、あいしてみたいんだ」

ねえさん。だいすきなんだ。きっと、あいしてる。
ほかの人のところになんていかないでほしいって、これが子供みたいな独占欲からくるものなのかもわからない。
ねえさんが幸せになれるのが一番だってわかっていても、その幸せが僕といっしょのところにあるのならどれほど嬉しいかと思わずにはいられない。

そして、姉さんが愛する人が、僕であればと。
こんな僕が、姉さんのただひとりであればって、願ってしまったことがある。

「姉さん、ぼく、」
「…泣くな」

ぽろぽろと目元から落ちる涙が姉さんの指先を濡らす。
きっと、僕は今、すごく情けない顔をしていることだろう。

「ねえさん、ねえさん」
「あぁ、ちゃんと聞いているから」

なんて言えばいいのかわからないんだ。
ただぎゅっと心臓のあたりが締め付けられて、のどから声がうまく出なくなって。
思わず泣き叫びそうになるほど苦しくなる瞬間があるんだ。
それは例えば、今なのだけれど。

「ねえさん、すきなんだ。ぼくといっしょにいて、ぼくのこと、おいてかないで」


ぼくをえらんで。


おねがいだ、ねえさん。

僕はきっと、家族として姉さんのことを愛してるんだろう。
頼れる姉として姉さんのことを愛してもいるんだろう。
誰よりも信ずる友として姉さんのことを愛してもいるのだろう。
そして、たった一人の人としても、きっと愛しているんだ。

これがなんてものかわからないけれど、どうか、ねえさん。

その答えをいっしょに探して。






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欠陥品の僕とともに。

結局答えられないまま、そのこたえにたどり着いていて。
できることは泣きながらプロポーズくらいなもので。
ただひたすらに姉さんが大好き。
家族愛も友愛も親愛も恋愛も、きっと切り離せないくらいごたまぜで。
ただひたすらにそれをもって切ないほどに愛してる。

mae//tugi
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