かくして夢はまた醒める///
「もういいのか」
うつらと目を閉じた時だった。声をかけられて、それがだれかも確認する気力さえ怒らないほど疲れきっていたときのことだった。
長いあいだ歩き続けてきて、もう休んでしまおうと思ったのだ。
本当に、本当に体はへとへとで。いや…… 本当は、この体は疲れなんかしない。だから、疲れたのは、へとへとになったのはほかでもない自分の心だったのだが。
もういいや。もう疲れたんだ。もう休みたいんだ。
青さなんかとうの昔に失った空を見上げることもしたくなくて。ただ色のない終わりきった世界をひたすらに歩き続けて摩耗した心でどうにかたどり着いたそこに腰を下ろした。
いつか昔。遥か昔。今はどこにもいない人々が大勢生きていた時代。そんなとおい昔にずっといた場所に戻ってきて、彼はやっと目を閉じた。
だからもういいんだ。
眠らせてくれ。彼は瞼を下ろしたまま、膝に額を当てて眠ろうとする。
「…もういいのか」
いいんだ。だから。ほうっておいてくれ。
たった一人残された彼が鬱陶しげにしながら最後の意識を手放そうとしたとき、だれかの手が髪に触れる。
「もうすこしだけ」
知っている声だとその時に気がついた。知ってる温度だとその時に気がついた。一瞬、名前を思い出せなかったけれど。その手の人物を彼はよく知っていた。
もう少しだけ。
もう少しだけ、どうしろっていうんだよ。
膝を抱えたまま愚痴るように心の中でつぶやいた。返事はなかったが、どうせそんなものだとどこかであきらめはついていた。
だが、声はたしかに答えたのだ。
「もうすこしで、」
はっと飛び起きた。
周りは相変わらず、何もない。起きたらここがいつかの自分の家であればなどと淡い期待を抱いたが、そんな夢が叶うこともない。
ゆらりと視界の端を誰かが通り過ぎた気がした。目があった気がした。けれど、そんな見えない影も朝日とともに霧散した。
残ったのは自分だけ。
それでも眠らなかったのは、最後に聞こえた言葉に目を閉じていることができなくなったからだ。
「もう少しで会えるから」
夢の中ならもう少しくらいいればいいものを。せっかちなのか、それとも、相変わらずあいつは忙しいのか。
文句を言いながら、彼はゆっくりと立ち上がった。
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歩き続けるからこそ、きっとまだ人なのかもしれません。
mae/◎/tugi