あるところに一人の男がいた。
地位も金も、およそ全てがあった。
人々は彼を幸せだと信じて疑わなかったが、
男は唯一、シアワセを知らなかった。

あるところに一人の女がいた。
地位も金も、およそ全てが無かった。
周りは彼女を不幸と信じて疑わなかった。
彼女は不幸を嘆いたことはなかった。


男が忘れるほど昔のことだ。

男はフランスの少しはずれの村まで足を伸ばしていた。経営する会社の次なる事業のために、寂れたその村へと訪れていた。広大な土地とそれに見合った作物が豊富なその土地に立派な宿など存在しなかった。その代わりに普段は泊まらないような小さな家で寝泊りをすることになったのだ。似たような家ばかりが立ち並ぶ。
迷子になりそうになりながら路地を一つ一つたどっていった、その先で、一人の女性と偶然出くわしたのだ。

月明かりだけがその道を照らしていた。
反射する光は女性の薄いブラウンの髪を金色に輝かせていた。
そうして二人はであった。

「まるで女神のようだ」
「…女神?」
「えぇ、貴女のことです」

なれない口説き文句でも、女はうれしそうに笑った。





幾ばくかそれより月日が流れて。

男と女は結婚した。
純白のウェディングドレスを身にまとった女はそれはそれは美しく、タキシードに身を包んだ男はそれはそれはうれしそうに微笑んだ。
聖歌が終わり、誓いの言葉の後に口付けをした。
人々は二人が幸せだと信じて疑わなかった。
事実、この頃までは確かに幸せだった。

転機というのは唐突に訪れた。

同じ屋根の元、夫婦として生活していた二人。
その生活はおよそ新婚生活とは言いにくいものではあった。男は相変わらず、仕事が忙しく各地へと足を運んでいた。それはつまり、結婚したというのに家にいることが少なかったということなのだ。女も理解はしていたし、仕方がないとあきらめていた。よくできた妻だと人々は賞賛していたが一人の日々が続くにつれて一体いつのまにか彼女の心は寂しさと苦しさ、そういった暗い感情でじわりじわりと蝕まれていったのだ。皮肉なことにそれに気がつく者は近くに存在しなかった。

「…ねぇ、あなた」

写真たてを眺めながら女はぼんやりとした目で微笑んだ。
遠くから足音が女の部屋へと近づく。
女はその音に気がつかないようで、ゆるりとした動作で腹をなでた。
ノックの音が三度。
扉が開いた。

「聞いてくれる?」
「…どうした」

扉の向こうに立つ、数ヶ月ぶりに帰ってきた夫に目もくれず、女は口元に小さく笑みを描く。毛の長いカーペットの上を音も立てずに歩き、ソファに座る女の隣へと腰掛けた。うれしそうに笑う女がようやく、男のほうへとその笑顔を向けた。男はどこか歪な眼差しに気がつかない。

「こども、できたの」
「!」

眼差しに気がつく前に、男はその言葉に目を丸くした。子供ができたところで男が困ることは無かった。それからさらに数ヶ月したころ、この家にもう一人住民が増えた。





また夫は遠い異国へ出かけていった。
今度はイタリアか、それともオーストリアか。
そんなことは女にはどうでもよかった。


明かりもつけずにソファに深く座る。


「愛してるわ、愛してる。
私のかわいいかわいい…」


腹を撫でながら小さな声で永遠とつぶやき続ける。
その姿は誰も知らない。




「ただいま」

男が帰宅しても妻も子供も迎えには来なかった。
部屋は静寂のみを反響させた。

女がいないことに気がつくまで数分。
子がいないことに気がつくまで数分と10秒。
一人取り残されたと気がつくまで…



不幸比べ



一人ぼっちと一人ぼっちはその日までやっぱり、一人ぼっち
形だけのシアワセじゃ、二人ぼっちにはなれずじまい


mae//tugi
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