転寝をしていた男がいまだ覚醒しきらぬ様子で瞼を開いた。
白々とした部屋は寝起きの目に眩しいほど光を照り返す。
少しばかり目元にくい込みずれていた眼鏡の位置を正したころ、「おはようございます、ユウリ」と無機質な声が告げた。

「あ、あぁ…おはよう」

困惑を含んだ反応を機敏に感じ取った声はそれを指摘する。
ふるりと首を振りながら「いや…まだ寝ぼけてるだけだよ」とユウリは答えた。

「寝ぼけて?」
「うん。夢を見ていたみたいだ。」
「ゆめ」
「そ、夢。データはあるんだろう?」
「えぇ。概念としては。生憎とそのようなものはインプットされていないので理解はできませんがね。」
「はは、それもそうだろうね」

柔らかい椅子にゆったりと体重をかける。
ぎぃと音を立てて背もたれが傾いた。
身体を沈めたまま、ユウリは再び瞼を閉じて思い返す。

「…荒唐無稽、ありもしない夢を見たよ」
「それはそういうものなのでしょう」
「………、……まぁね。」

ぼんやりと浮かび上がる景色に思いを馳せながら、自嘲するように呟いた。
相変わらず起伏なく返された声に、言葉を飲み込み、肯定だけを返すにとどめた。

(時折、どちらが夢かわからなくなる、なんてね)

この部屋のように白んだ、しかしずっと自然で穏やかな光。
転々と等間隔に並び、道を作る朱色の門。
茶と緑の柔らかな足元に、鮮やかに色を変える天井。
いつもより早いように感じる自身の心拍と、釘付けにされている視線。
見知らぬ自分と、その前に立って談笑している…

「ユウリUV?」
「!」

椅子から転げ落ちかけるのをどうにか留める。
がたりと自分が立てた大きな音に意識が戻ってきた。
怪訝そうな顔で入口からこちらを見ている男に、「あ、あぁ、入っていいよ」と告げる。
紫のラフなYシャツ姿で、ユウリよりも背が高い青年は白い床に足をつけた。
いや、足がつく瞬間、タイルは青年を中心として紫に色を変える。
それはユウリのいるデスクまでまっすぐに道を作り、青年はそこをなれた顔で進んだ。

「ぼんやりとしてるようだが…」
「なんともないよ。すこし寝てただけだから。」
「…そうか」
「なんだい、マーリー。心配してくれるのかい」
「…やはりどこかおかしくなったんじゃ…」

ひどいなと苦笑を返しながら、ユウリはマーリーを見た。
あからさまに残念だという顔をする彼は相変わらずだというのに、なぜか、違和感をぬぐいきれなかった。
じっと顔を見るユウリを気色悪いと言いたげにマーリーが口を開く。

「…なんだ」
「いや、その…もっと髪、長くなかったかい?」
「は?」
「それに…そうだ、服…いや、彼女…」

そこまで違和感の正体を口に出して、はたりとユウリは口をつぐんだ。
「ユウリ?」と眉間に皺を寄せたマーリーのことも忘れ、呆然とした様子で動作を止める。

彼女とは誰だった。いや、彼女は彼女だ。彼が名を与えて傍においていた唯一の。だが名を思い出せない。それに、彼女といた時の彼は。服?服がどうしたというのだ。いま目の前の彼は最も相応しい色をまとっている。髪も、気のせいだ。彼はいつも短い髪を後ろで短い尻尾のようにしている。なんらおかしな点はないじゃないか。

だというのに。

脳裏に描かれるマーリーの姿は白い装束に長い白髪で。隣に似たような姿の……
そこまで考え、また首を左右に振った。
額に手を当て、ユウリはため息をこぼす。

(まだ、自分は寝ぼけてるのか。)

夢で見た姿がなんだというのだ。ただの夢ではないか。
それになぜ苦しみを覚える。そうでないことになにを驚く必要が、なにを慌てる必要があるのだ、と。
半ば言い聞かせるようにして、「ごめんごめん、やっぱり寝ぼけてただけだ。」とおどけたように告げる。
納得しない顔だったが、マーリーは手にしていた書類を投げるようにして手渡した。
ぽつぽつと相変わらず反抗さの見え隠れする態度で顛末を語るマーリーの声に耳を傾けながら、その目は知らず知らずのうちに部屋をさまよい、自分の隣へと向けられていた。

何もない空白。白いだけの床に目を落としながら。
(…    が、いない)

夢で見た、名も思い出せない誰かの姿を思い浮かべるのだった。


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果たして、どちらが夢なのか。
鴉の「夢」を聞きながらぽちぽち。

mae//tugi
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