私がその男と本当に初めて会ったのはもう随分と前になる。
気が遠くなるほど昔。バカバカしいのを承知でいうならば、およそ前世、もしくは別の次元だった。
 そんな昔の記憶も遠くなり、新たに目を開けて、この世界はなんと平和なことかと幼心に漠然と感動していたことは覚えている。
なんせ、脳裏に焼き付き、瞼を閉じるたびに浮かぶのは私に向けられた銃口ばかりだったのだから。

 歳を重ねるほどにほの暗くも白く鮮やかだったかつての日々を夢に見ては飛び起きることも増えたが、そうやって飛び起きるたびにここには何一つとして白い夢のかけらがないことに安心していた。
 最も、その夢を見始めた頃はまだ私も幼く、完全に夢を理解できていたわけではなかった。
男の子がかつての自分を夢に見るなどと誰も想像できなかっただろう。
 悪夢とも呼べるその夢に子供がうなされているなど、私の両親でさえしらなかった。
いつからか両親に心配をかけまいと思ったのか、私は笑顔の仮面をつけることに慣れてしまった。
それは今でも変わらないが、職業柄人を安心させ信頼させるのには重宝している。

 なぜ私が”白い夢”と呼んでいる悪夢の話をし始めたかに話を戻そう。
それはこの夢こそが最初に言ったあの男に唯一といっていいほど強固につながっているからにほかならない。
 私が言うあの男は、それはそれは忌々しいほど白と呼ぶにふさわしい。
のっぺりとした白い髪、やや不健康そうな白い肌、白いシャツ、白いコート、はためかせていたマントも白。
 そして、全身に白をまといながら、こちらをねっとりと睨みつける目の金色にもにた輝き。
あの目がまるで白い空間に浮かび上がるかのようにみえたのは鮮明に頭に残っている。

 私が見る白い夢にはよくこの男が現れた。
最初は黒衣を纏った子供で、その頃はまだ髪も灰色がかっていた。やがて子供から大人へと成長するにつれて、だんだんとその狂気も成長していった。
 彼は白い世界の神とも呼べる存在をあまりに愛しすぎていた。
その頃最も神に近かったのは、私だった。
 そんな私の存在がひどく妬ましいとあの金の目は訴えかけていた。
やがて男の妬みは全ての糧となって、成長を遂げ、私の前へとその姿を現すこととなる。
そこまでの成長を見続けたからこそいずれそうなることもよくわかっていた。
 すぐ後ろに彼が立つ気配がしたことも覚えている。どこから入ったのかと純粋に驚いたが。
「もういいだろ?」と彼が言ったのも、それに頷いたことも、最後に部屋が赤く汚れたことも覚えている。何度となく夢で見た光景だ。
 ひどく断片的で、しかし私が死ぬということだけがよくわかる白い部屋で行われるという夢は、幼く覚えのない私にとって本当に恐ろしい悪夢だった。

 しかしその夢への見解にも転機が訪れた。
 私に弟ができたのだ。
直系の弟ではないが、遠からず血の縁があると父は後に教えてくれた。
母は私に唐突に弟ができることを不安がっていたが、私はその弟を見て、息を飲んだものだった。
 その髪も、肌も、服も白かった。ただこちらをぼんやり見る目の金色は夢で見た彼と重なった。
それと同時に思い出したのだ。私は彼に怯えて過ごしていたわけではなかったことを。
 あの白い部屋の中で確かに、私は白い彼に殺されることだけを願っていたことを思い出した。
私の次に白い部屋の白い椅子に腰掛けるのは彼だと、重い責務を背負わされるのは彼だと、最初から決まっていた。だからこそ哀れんで慈しんで、私は彼を助け育てたのだ。培養液の中に彼が生まれた時からずっと。
 思えば、母は弟と紹介された相手をじっと見つめたまま一言も発さない私にひどく不安げな表情を投げかけていた。
 なんせ、彼が引き取られてきた理由はその見た目のせいがほとんどだったからだ。
白い髪に生まれたことを気味悪がったのだろう。そんなことは想像に難くない。
だかれこそ、母は私まで弟を拒絶しないかとはらはらとしていたことだろう。
「ねぇ、きみ、なまえは?」
当時舌足らずだった私が最初に問いかけたのはそれだった。
「そうすけ」と彼は私の記憶するのとは違う名前を答えたが、それはすんなりと頭に溶け込んだ。
にっこりと私は自然と笑顔となった。それから、私の名前を名乗ったのだ。
「ぼくはゆーりだよ」と。
するとどうだろうか。彼は…桑助は僕を見て、「しってる」と笑ったのだ。
なんだお前も私を覚えていたのか、とその時緊張が解けると同時に驚いたものだった。
その日からあの悪夢はがらりとおぞましさを潜め、生ぬるく優しい夢へと変わり、私には少し生意気な真っ白い弟ができた。
 弟がうちにやって来たその後はといえば、まぁ、あの夢の話を共に語らったこともあれば、
運命の人に出会ったと私の部屋に飛び込んできたあいつの恋愛相談までしたことがある。
一時期は反抗期で本当にひどかったが……そういった話はまたいずれ。

 ここはあの悪夢の世界とは全く違う。
緑にあふれ、人は自由で、私はただの市民で、彼もまたそうだ。
ただ少しばかり平和すぎて…ときどきこれが夢ではないかと思うほどだ。
弟、桑助にその話をすれば鼻で笑われた。なんてひどい弟だろうか。
 かつて悪夢で私を苦しめた男も今では嫁と一緒にひっそりとカフェを経営しているだけのただの穏やかな男だ。
いつか私が死ぬまで、見届けられなかった彼の幸せを見続けていたいものだ。

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そのまえに語り手、誰だてめぇ。

と言いたくなる話。
山吹お兄ちゃんと桑助くんの前世的なおはなしです。
地下帝国シリーズとリンクしてるのは趣味ですね!

即興小説お題【出来損ないの出会い】より

2013.06.27 移行

mae//tugi
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