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スコールは、自身と同じくエスタから来た警備チームの者達に一声かけてからパーティー会場を抜け出し、静かな場所を求めて廊下を歩んだ。いい加減、強すぎる暖房に気分が悪くなったと言ったが、そんなのは建前に決まっている。まったくの嘘ではないが、一番の理由ではない。
ふと目にはいったのは、月明かりが綺麗なテラスだった。華奢な枠で装飾されたガラス戸を開け、夜の冷たく冴えた空気の中、月に導かれるようにしてテラスへと足を踏み入れる。暖房のききすぎた室内に長時間いたために冷気が身に染み、ふるりと肩が震えた。吐く息は白く煙り、頭上の月明かりを数瞬だけ朧にする。スコールは、冷たい手摺りに手をかけ何となしに儚く光る月を見上げた。
会場の喧騒も遠く、暖房で思考力を奪われることも無い。何より、見たくないものがここには無い。あるのは夜空に浮かぶ月のみだ。フォーマルスーツで寒さを凌ぐことは不可能だが、それでも不快なものしか存在しない会場にいるよりはマシだった。

(それでも、そろそろ戻らないとな……)

あまり長い間抜けているのは好ましくない。
気が重いな、と思いつつも、視界に見慣れた黒と翠が飛び込んできたのは中に入ろうと踵を返したときのことであった。

「ラ、ッ……!?」
「んなとこにいたのか。探したぜ?」

テラスと廊下の境にラグナがいた。
スコールと同じくフォーマルスーツしか見に纏っていないラグナは、寒い寒いと言いながらテラスへと足を踏み入れた。

「……いいのか、抜け出したりなんかして」
「いいのいいの。問題無しだ」

今回のパーティーだって、一応外交の一環である。しかし、予定されていた終了時間はまだまだ先である上に、ガルバディア側はエスタ大統領は下戸だという情報を知っているのか、ラグナに酒をすすめる者は少なく、隣にいても酒気は感じられなかった。
ようするに、この手の席での“酔いをさまして来る”という常習手段は使えないはずである。何と言って抜け出してきたのやら、とスコールは内心呆れるように感心した。

「―――こうなるって、わかっていたつもりだったんだけどなぁ」

申し訳なさそうに、ラグナは長い黒髪を掻きながら呟く。
スコールは、表情には出してはいないものの、ラグナのその言葉にかなり驚いた。ラグナに話し掛けるガルバディアの政治家達は飢えたハイエナかピラニアかというくらいに縁談やそれに似た話を持ちかけていたのだ。
自分を見ている余裕など無かったはずだとは思うが、しかし、現にラグナは会場から姿を消したスコールを追ってここまで来た。それだけでなく、スコールの心情を理解しているそぶりすら見せる。

「別に、気にしてない」

だが、そのラグナの優しさに甘えることは出来ない。一国の大統領であるラグナの負担にだけはなりたくないスコールは、本心とは違う言葉を口にするしかなかった。
尤も、そんなこともラグナにはお見通しだとわかった上で、だ。二人は、言葉だけでも冷静な態度をとらなければ互いにタガが外れてしまうことを承知していた。

「んー……。でもよ、今回ガルバディアに来たのは、俺の我が儘みたいなもんだからなぁ」
「……そういえば、なんで名代を立てなかったんだ?」

今回のパーティー出席は、ただ単に祖国へ行きたかったという理由では、動機としては弱い気がしていたのだ。
それだけではない。

(誕生日、二人でゆっくり過ごそうと思ってたのに……)

ラグナは忘れてしまっているのだろうか。今日が、自身の誕生日だということを。
ガルバディアへの外遊の準備の為に、年末年始は何かと慌ただしかった。妙なところで抜けている目の前の男が自身の誕生日を忘れている可能性を否定できず、スコールはそっとため息をついた。

「……悪い。やっぱ、普通わかんねぇよな」

ラグナに気付かれないようについたため息だったが、目敏い彼はそれを見逃さなかったらしい。

「でも、俺はわかってたぞ。スコールが一生懸命考えてくれてたこと……」
「なんなんだよ、一体」
「今日、俺の誕生日じゃん」
「……わかってたのか」
「もちろん。で、だ。今回のガルバディア訪問はそれが関係してんだよ」

スコールが生を受けると同じくして、アデルからエスタを救ったラグナは英雄扱いされていた。
アルティミシアとの戦いを終えたスコールも、その経験があったのでその点は頷く。
アデルによる支配にエスタは疲れきっていた。そんな中、現れた英雄。

「スコールはまだエスタに来て日が浅いから知らねえかもしんないが、1月3日はエスタ中大騒ぎになるんだよ。俺の誕生日だからって」

いわばラグナは現エスタの建国の父である。十数年という年月は偶像化されるには短いかもしれないが、その後の善政もあいまって国民の支持は冷めることなく、毎年彼の誕生日は国中がお祭り騒ぎになるのだ。

「お前のことだから、二人でゆっくりしたいなーとか、思ってたんだろ?」
(……なんでわかるんだよ)
「でもよー。そんなわけだから、エスタにいるとそうもいかない。じゃあどうすればいいかって、俺は考えたわけだ」
(まさか……)
「折しも、ガルバディアからパーティーのお誘い!これは乗らないわけにはいかねぇだろ?」

つまりこの男、国外逃亡のダシに外交をつかったのである。
否、まだ仕事として動いてくれただけましなのかもしれない、と自分の策略(というには少々お粗末だが)を自画自賛する男を見遣った。もし、そこで外遊の予定が入らなかったらどうしていたのか。そう考えるだけで目眩がする。

「まあでも、エスタに比べたら静かにできるかもしれなくても、こう引っ切りなしに縁談持ち込まれちゃ考えもんだな」

俺としても、できれば二人きりでゆっくりしたいしなぁ。ラグナが思案しているのを見つめながら、スコールはふと思い至った。
エスタは今、主役のいないお祭りをしているのだろうか、と。

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