音彩【ねいろ】 | ナノ








俺とアイツが出会ったのは、外界と隔たれた小さなハコだった

昼なのか、夜なのか

下手したら季節すらもその場所では忘れてしまう

そこが俺たちの活動の拠点になる



地下に続く無機質な階段を降り、重たいドアを開ける

そこで最初に耳にしたのは
決して上手いとは言えない…

ただ、がなり立てているだけのそんなサウンド

歌っているとは思えないボーカル

でも、音楽を好きだという気持ちだけは伝わってくるバンド


そこにいたギタリストが…

― 佐藤堅司 ―


翌週に迫ったライブの打ち合わせに行き、たまたま目にした光景だった

客もまばら…

奴らの音楽にのってる客なんていない…

だけど…

なんて楽しそうにやってんだ…



それが最初の印象



奥の事務所スペースに行くと、モニターにそのバンドが映っている

固定カメラで撮っているやつ



「君たちみたいなインディーズで有名なバンドからしたら、彼らなんて…」



責任者にそう言われたが、なぜか彼らの顔を忘れる事ができなかった

後になってわかる…

この時感じたモノは、今の俺達がなくしていたモノだという事を…










この日を境に何度となくこのバンドと顔を合わす機会が増えた



「最近、よー会いますな?」



最初に声をかけてきたのは…アイツ…



「佐藤いいます。大学のサークルでバンドくんだんやけど、はまってしもうて」

「七瀬だ。よろしく…」



関西なまりが俺に親近感を持たせ、初めて会話を交わしたとは思えないほど、アイツの雰囲気は不思議だった

お世辞にも上手いとは言えないヤツのギターだったが、音楽への情熱は俺にもビシバシと伝わってきた



そんな時、丸二日ハコを貸し切って、8組のバンドでの24時間ぶっ通しライブの企画が持ち上がった

アマチュアでやる奴らなんていない

この企画を持って来たのが…

佐藤だった



「勝算はある!!」



関東の有名なアマチュアバンドの8組が顔を合わせるビッグプロジェクト



「お前らは、やらないのか?」



その言葉に、いつも陽気な佐藤の表情がくもる



「俺らは、お前たちみたいにビッグネームやないしな?裏方に回って全力でサポートするわ」



顔を不自然に引きつらせて笑う…

佐藤らしくないその時の表情は、今でも忘れられない…

後で聞いたが、この時…

アイツのいたバンドは解散をしていた

もう、夢は追えないと…

アイツは俺達にその夢を託し、プロではなく裏方に回った



だが俺は佐藤の隠された才能を見せ付けられる事になった

アイツの企画したこのプロジェクトは、アイツが今まで育んできたいろんな人脈をフルに使い、大成功を収めた

そして…

プロのスカウトマンをも動かし、俺達にメジャーデビューの話が舞い込んでくる

俺達だけじゃない

他にもスカウトを受けた奴らはいた



「やっぱ、お前は陽のあたる場所が似合うな!」



心の底から喜んでくれる佐藤は…

いつの間にか俺にとって、なくてはならない存在になっていた



音楽の世界で、頂点を目指すという事

それは、回りがすべてライバルになるという事…

そんな中で親友と呼べる奴に出会えた奇跡は、俺にとって宝だった



デビューして、佐藤とは音信不通になった

そして…プロとしてのバンド活動は長続きしなかった

人気も出た

知名度もあった

CDも売れた

ただ…

事務所の方針と、世間の波と

メンバー間の方向性の違いが大きな歯車を狂わせた

俺達に足りなかったのは、音楽に対するひたむきさ…

あっという間に出現して、あっという間に去った俺達のバンドは…


伝説となった…












次に何をやるか―…

俺にはプランがあった



「お前は陽のあたる場所が似合う」



そう言ったアイツと…

佐藤と連絡を取らないと…







佐藤と初めて会ったライブハウスの前に気がつくと来ていた

あの頃は、ジメジメとした地下室で外の温度も季節も関係なく…

音楽の事だけを考えて仲間たちと語り合った



地下室の入口前に桜なんてあったのか…

そう……

今が春だと実感する

アイツに会った時も、春だった気がする



「なんや、見慣れん奴がおんなぁ?」



花びらが散る向こうの聞き慣れた声に出会った



「佐藤…、お前…何でここに…?」

「それはこっちの台詞や。伝説のバンドのメンバーがここで何しとるん?」



懐かしい関西なまりに、思わず笑みがこぼれる



「…お前を探してここまで来た。ここに桜があったなんて知ってたか?」



久しぶりの会話が桜か…



「なんや?知らんかったんか?」



佐藤が俺の隣に立ち、桜を見上げた



「俺らがおった頃から、この桜はここで咲いとったぞ…」



しばらく会話もなく頭上を見上げた

切り出したのは…俺…



「なぁ…佐藤…」

「オーケーや!」

「はっ?」

「なんかおっぱじめる気ぃやろ?俺も乗った!!」

「…何も聞かなくていいのか?」



その言葉に佐藤は、満面の笑みで



「お前の考えとー事くらいわかるわ♪」



何とも佐藤らしい…








そして、日本で一番小さい芸能事務所ができた

社員は、まだ佐藤と二人…

所属タレント―…なし…



「これからやな…」

「あぁ。俺達の夢を託して、夢を叶える…」



俺の夢も、佐藤の夢も

そして…

これから出会うアーティストの夢も…



「で?何するん?」

「っ!!お前はっ…」



ま、いっか…

俺達が初めて出会ったこのハコの前で

桜の誓いを立てた


そして…

何れ、あいつらに出会う……












‐春から夏へ‐

2010.05.09

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