※未来設定です。キャラクターの基本的な設定以外は色々創作です。いつも以上にマドンナです。ご了承ください。








 ユートピアランドっていうのが、流行ってる。

 私が生まれる50年くらい前、ある研究者が万能細胞を発見した。
 その研究の進歩の恩恵を受けて、私たちの世代は不死がほぼ確実に約束されている。それを守るなり破るなりは自由で、というのも、内蔵や脳がだめになりかけたとき、各自が自分の臓器を新しいものに交換して寿命をのばすか、拒否して数年で死ぬか、という選択を、私たちはその都度その都度行っていくことになっているのだ。ただ、この技術が世界中に広まってから、交換を拒否した事例は、いまのところ未だひとつもないのだけれど。
 だって内蔵交換にかかる費用は全額、国の負担で、死ぬときはなぜか「死亡税」がかかる。しかもこのご時世、病院はほとんど内蔵交換に特化したセンターと化していて、むしろ癌や色々な疾病の「治療」をしてくれる医師なんて闇医者だと噂される。死ぬためには様々な苦労が要るようになってしまった。
 私は今年でちょうど20歳で、まだまだ生まれたときから内蔵はひとつも交換していない。ただ、もう既に当たり前になりつつあるこの「内蔵交換」の文化は私のからだの中にも、もう染みわたっている。

 そんななか去年、ユートピアランドという大きな遊園地のような施設が、ロシアの辺境地帯にできたとニュースが知らせていた。オープンするや否や、世界中の富豪がこの辺境に押し寄せ、しばらく帰ってこなかった。ベルもその一人だ。
「不死なんて飽きるに決まってんじゃん。どうせ何年かしたら世界中のバカ共は死にたがるようになると思うぜ」
 そんな厭世的なことを言いつつオープンしたばかりのユートピアランドにとんでいってしまうとは、あまのじゃくにもほどがある。ユートピアランドの実態も、なぜ皆がしばらく施設の中で過ごし続けられるのかも、私はあまり興味がなくて知らないけれど、きっとディズニーランドやユニバーサルスタジオのようなテーマパークなのだとばかり思っていた。その認識がどうやら間違っていたらしいということに気がついたのは、ベルが1年ぶりにユートピアランドから帰ってきてすぐ、もう10年以上放置していた仕事用のナイフを磨き始めたからだ。

「やっぱり当たってたぜ、予想。みんな死にたがってた」
 ユートピアランドは、不死をありがたがる人々のユートピアなのではなく、一刻も早く死んでしまいたい人々のユートピアだった。

 ニュースではあまり詳しく報道されなかった、ユートピアランドのゲートの向こう。そこでは、「生まれ変わりビジネス」と呼ばれるサービスが絶えず行われていたらしい。死にたいけれど、死ぬのは嫌。だから、死ぬことなしに、生まれ変わってしまえばいい。ユートピアランドは、自分を「生まれ変わった別の誰か」に変身させ、さも生まれ変わったかのように日常生活を送ることができる、第二のリアルを提供する。1年を単位としてチケットを買い、ゲートの向こうで「生まれ変わった自分」を設定し、自らを第二のリアルに放り込む。皆、もう「自分」でいることに飽きてしまっていたのだ。ベルの予想は正しかった。
 ベルは昔暗殺の仕事をしていて、マフィアに雇われていたのだが、50年前の万能細胞フィーバーのお陰で世界が平和になりすぎた。いや、むしろ、有能な人間が永久に生き残れると知った人々は、無能な人間を一気に見捨て、彼らは猛烈な飢えや苦しみの中、急速に消えていった。言うならば勝手に死んでいったので、暗殺などという高額でリスキーな殺しがもはや必要ではなくなったのである。
 有能とされる人々だけが残る社会では、またその中で有能と無能がふるいにかけられていくのは自明だが、人類の半分が勝手に死んでいった今、人々の「死」に対する許容量はもう既にパンパンになってしまっていて、簡単に誰かを消そうとは思わなくなっている。不死の社会では法律で、不死の人間は子どもを産むことが禁止されている(子どもを産んだ人間は死ななければならない)から、人類は増えも減りもしないまま、永久にその暮らしを続けていくのかと思われた。
 しかしベルの言うことが正しければ、皆もう既にその「はじめのユートピア」像に嫌気がさし始めているのである。

「ベル」
 ナイフを磨く背中に声をかける。
「あ?」
 ベルはめんどくさそうに私を振り返る。年齢不詳なのはこの口調のせいもあるのかもしれない。
「ユートピアランド、たのしかった?」
「ぜーんぜん。ナイフも銃も没収された上に選べる人格は3つだけでさ」
 3つ。
 私はちょうどテレビが流しているお昼のニュース番組からベルと同じ文言が発せられたのを聞いた。「あー、それそれ」と、ベルもたいして驚きもしない様子でテレビを見つめる。
 「人類繁栄に有効な3つの人格ー、っていうのが最近アメリカの心理学会で発表されましてね」「へえー!その3つというのは?」「『協調性』『利他性』『劣等性』、いずれかの要素を強く持った人格です!」「ほほう。協調性と利他性はよくわかります。けど、最後の劣等性とは?」「自分が劣っていることを喜ぶ人はいませんよね。だから、協調性人格と利他性人格が世界を上手にまわす中で、劣等性人格が努力を永遠に重ね、人類の進歩に貢献する、という完璧な図式ができるわけです」「へえー。ちなみに先生はどの人格ですか?」「いやいや、お恥ずかしい話、おそらく劣等性人格だろうと思いますよ」「人類の進歩に貢献していくわけですね!じゃんじゃん働きましょう!」

「俺は協調も利他も絶対やだったから仕方なく劣等性を選んだけど、正直劣等以外の奴って人間じゃねえよ。なんっかふわふわしててさあ、会話もうまくつながってないつーか、上滑りしまくってて、あんなんで世界がうまく回るとか絶対、嘘だろ」
 本当は2年か3年いるつもりだったらしいが、その雰囲気にほとほと嫌気がさしたため1年で帰ってきたらしい。「その上滑りがひどい奴ほど、死にたいって言ってくるんだ。あくまで明るく陽気にな。協調性人格と利他性人格はネガティブになっちゃだめなんだとよ。あほらし」
「じゃあ、これからベルはユートピアランドに交渉でもしにいくの」
「は?交渉?何の?」
「ユートピアランドで自死アシストビジネスでもはじめるのかと思って」
 急に腹を抱えて笑い出したベルに、何がそんなに面白かったのかと尋ねても無視。ナイフを握りながら机をばしばし叩くその癖は本当に危ないから辞めてほしい。恥ずかしいのかプライドに障るのか知らないけど、笑うときはいつも顔を背けているベルの考えてることなんて絶対に分からない。ただ徐々に、彼の横顔が反射的な笑いから企み的な笑いへと変化するのに気がついた瞬間、背骨がぞくぞくして鳥肌が立った。
 そしてこちらに顔を向けたベルはにやりと笑ってこう言うのだ。「違えよ。俺らはヴァリアーだぜ?」

 10年前に国際政府が発表した報告書によれば、その年、すべてのマフィア・暴力団は根こそぎ壊滅させられた、らしい。もちろん諸悪の根源のように嫌悪されつづけたイタリアンマフィアについてはことさら丁寧に。本拠地の位置、警察本部の介入日時、ボスの本名に組織図。ボスについてはその処刑が生中継されていたのだ。報告書は全世界で書籍化までされ、ノンフィクションとして小説や映画まで出回った。誰もが、本当に「悪」を一掃したと心から実感していた。
 じゃあ今私の目の前にいる黒服の男達は一体誰だというのか。集まって早々、口喧嘩が暴力沙汰になるこの男達は。
「10年経ったっつーのに何一つ変わってねえじゃねえかあ!!!」
 机の上の食器がジャンプする。その怒鳴り声を合図にベルとフランは不完全燃焼、という顔をしながら渋々椅子に座り直す。少し離れたリビングでテレビをぼんやり見ている私は、ああ懐かしい、この感じ、と妙な思い出に浸る。
「同窓会しに来たわけじゃねえんだ。さっさと終わらせるぞ」
 はーい、と間延びした声にまたナイフが刺さる。半分は同窓会みたいなものなんだろう。
 壊滅したと思われたボンゴレは実のところ一切無傷のままその組織を存続させていて、ただ時代に合わせて変化しただけなのだろう。本拠地を構えてトップダウン式に成立する時代はマフィア界においてももはや終わったのかもしれない。特に旧来から裁量の大きかったヴァリアーは「ヴァリアーとして仕事があれば集まればいい」という認識で迅速にそれぞれ散ったため、例の「報告書」の書き手にすらその存在を知られなかった。その組織が10年ぶりに姿を現すとなれば、ユートピアランドを中心に、世界はまた恐怖につつまれるのかもしれない。私の知ったことではないけれど。
「んだよスクアーロも今年ユートピア行ってたのかよ、あのフワフワワールドで窒息して死ねばよかったのに」「てめえこそよくあんなクソみたいな空間で生きてこれたな、実は性に合ってんじゃねえかあ?」「死ねロン毛」
「テメエ等」
 ボスが口を出したときが会議の終わりだ。ボスが最後のオーダーを出してそれを軸にヴァリアーは動く。ただ、ボスが言い放ったのは意外な言葉で、ベルは思い切り椅子を蹴り上げた。

「ヴァリアーがもっとボンゴレから自由になって好き勝手できると思ってたのにこのザマかよ。上の計画のためにしか動けない組織とかほんと死ねよ」
 ボンゴレは近々名前を変えてただの会社組織に成り下がるらしい。国も国境も消えて、距離も言語も通貨も統一されてしまったこのフラットすぎる世界では「地下」など存在できないらしい。
 文字通り「地下組織」であったボンゴレも壊滅は免れたもののただただ存続が苦しく、「地上」でいかに戦っていけるか、という方策に舵を切り始めていた。本当のところ「組織を壊すなら内側から」という言葉の通り、ボンゴレは最終的に世界をまた地下と地上に二分することを企んだ上でそう振る舞うことにしたのだろうし、ヴァリアーもベルもそんなことよく分かっているのだろう。ただ、ベルは自分がその計画の通りに動くなんてまっぴら御免だという顔をしている。
 ザンザスの言葉は単純明快、もうすぐ政府が介入するレベルの混乱がユートピアランドで起こるだろう、それまで待て。
 待て、とはまるで犬のよう。ボスの表情は変わらなかった。

 半年後、確かに異常事態はすぐ現れた。イライラしたベルが毎日壁にナイフを投げ続けるものだから、これ以上彼を待たせたら家が壊れるのではないかと思っていた私は心底ほっとした。ただ10年前とは違って、ベルはもう私には当たらない。昔のベルは何かあるとすぐに私に当たったのだけれど、このおだやかな10年の間に私が大切にでもなったのだろうか、笑える。
「ユートピアランドでの生活者数が3億人を超えました。日本より小さな施設面積でこの数は異常です。世界政府の世界消費生活会議では、今までも世界の富がユートピアランドに集中していることが大きな懸案事項とされていましたが、この度、ユートピアランドを経営するY氏の承諾を得て、生活者の強制送還を開始することを決定しました」
 要するに、金持ちをユートピアランドから追放するのだ。生活期間の長い人々から強制的に故郷へ送還するらしい。協調、利他、劣等、どの人格をとっても送還に大した抵抗はしないだろう。それが国の介入を安易にさせる要因なのだろうか。とにかく、ボンゴレの予想は正しかった。
 それから数ヶ月後、1億にものぼる「ユートピアー」が故郷へ送り返された。ユートピアランドでの人格が抜けないユートピアーが奇妙に映し出される特番が毎日のように流され、ユートピアランドの闇、といったタイトルの本や雑誌や映画が次々に出された。ただ、入場制限をもうけはじめたその楽園に、大金を積んで戻りたがる者、新しく入りたがる者は後を絶たない。皆、自分を生きることに飽き飽きしているのだ。
 そして、ついにボスからの指示書がヴァリアー幹部へ届けられた。
「あー、ほんと長かった。マジで待ち疲れた。やる気でねー」
 いいながら、ボスから渡された指示書を目でなぞっている。抑えきれない高揚がこちらにも伝わってくる、もう一年近くも殺したくてたまらないのだ、ベルは。

 指示書の内容は、何故だかユートピアー懐疑派を殺すこと。ユートピアーを殺すものだと思っていた私は首を傾げる。ベルは何の感慨もなく答えた。
「Yと政府はグルでさ、世界まるごとユートピアランドみてーにしようとしてんだ。まともな意志をもってるのは上の人間だけで、あとは何の問題もなくユートピアーが生産活動してくれれば便利だって話だよ。今でもユートピアランドは人気だろ?やっぱみんなバーチャルでは死にたがってんだよ。だから心を殺してやって、アンドロイドみたいにするんじゃねーの」
 ハッカーが持ってきた情報によればユートピアランドで2年生活したユートピアーはほぼ間違いなく精神を乗っ取られていて、3つの人格のいづれかに完全に染まりきっていた。ユートピアランドが開設されてちょうど2年が経つ。開設当初からいたユートピアーが外に放り出されたというわけか。



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