「生まれ変わったら、何になりたい?」

なんて馬鹿みたいな話が真顔で行われちゃうこのご時世。ちなみに私は生まれ変わったらもういっかい私をやりたいよ。私の人生があまりにも幸せだったから、とかそういう美談ではありませーん。もしもういっかい私を生きれるのだとしたら、きっとまた私は世界中の人間の「生」を変えるスイッチャーのうちのひとりになるだろう。だって「私」ってそういうところも含めて「私」でしょう。だから、スイッチャーになる前に消えてやるの。この時代でいうヴァリアー、のような悪徳組織を道連れにして。

人間はずうっと昔から、頭のいい人ほど人間を人間ひとつとして見ることが難しかった。「私」ってどこまでが「私」なんだろうとか、魂はどこにあるんだろうとか、この体は実在しているんだろうかとか、今、目の前で話している友達は、実は人間ではない機械なんじゃないか、とか。人間は人間ひとつではなくて、魂や、物質としてのこの身体や、他の人との関係や、超高性能コンピュータである脳味噌や、そのたもろもろ、見えるものから見えないものまで(そもそも目で見えているものが「ある」とは限らないわけだから)、いろいろ合わさってできている。


ボンゴレだってヴァリアーだって分かっている。身体だけが生き残れたとして、他のものが、その果てしない年数に耐えられるとは誰も思っていなかった。人間はいつまでもいつまでも生きていたいのではなく、いつまでもいつまでも死にたくない生き物で、それはただ単純に死ぬのが痛くて怖いから。でもよく考えてみれば、私たちは幾度とないうつくしい成功や幸福のうしろで、幾度とない失敗や苦しみを抱えて生きてきたんじゃないの。思い出してしまうのだ。後悔したことや、消し去りたい過去を。
死ぬのは確かに怖いけれど、それと同時にこの上ない幸福を伴っている。積み上げたマイナスのゲージがはっきりとゼロに戻る。それは、プラスのゲージまでをもゼロに戻してしまうけれど、「解放」という言葉がとてもしっくりくるように、どこか既に生まれ変わったような心で私たちは死にゆくのだ。



「とうとうボスも死んじゃったね」

「あー」

「ベルも死ぬんでしょ。良かったね」

「俺はまたどっかで生まれ変わってっから。王子として」

「もう誰も子供なんて産まないと思うけど」

「バーカ。本気で一人も産まれてないとか思ってるわけ」

「産む必要がないじゃない。犯罪だし」

「どんな方法でも地球ぜんぶ統一できることなんてねーの」

「何か知ってるような口ぶりね」

「そろそろ子供産んどかないとやべーらしーよ」

ししし、と感情の見えない笑いを洩らしながらベルは椅子をギイギイ揺らしてこちらを向いた。

「あと100年もしたら出生率調整法が改定になる。まあ遅いけど。セックスの仕方も忘れてんじゃね?」









あれから数年後、ベルが死んで、アンドロイドでない唯一の集団だったボンゴレファミリーが一人残らずこの世から消えた。それから50年もしないうちにこの世の流行りは「生まれ変わり」ではなく「ラブ・スーサイド」になっていった。

心中。

ついにに人間は死より美しく、ほろほろと溶けるような心からの幸福を見つけることは出来なかった。政府は非常事態宣言を出して片っ端から自殺しそうな恋人達や集団を隔離させたり、死にかけた人々をICUに引きずってでも入れて「死なせない」努力を惜しんではいないけれど、追いつくはずがないのだ。道端でほほ笑みながら死んでいく男女の影を私は見つめていた。

死にゆくことの絶望的な幸福を目の前にしながら、私はまた、こう考えている。ほんとうに生まれ変わることができるのは、ほんとうの身体を生きた、あの人たちだけなのだろう。なぜって、なぜって、私は仕方のない人間で、結局「私たち」のことをひとつも考えることが出来なかったけれど、少なくとも、昔の「私」が叫んだ「しんじゃいたいきもち」のことを、もう今の私は完全な形で再現することが出来ないから。死ぬのが怖いというきもち。

私にだけ付けられた、おへその上にある自殺スイッチは、マーモンいわくなんの苦しみもなく一瞬で死ぬことが出来るスイッチらしい。このボタンを押すことは怖いけれど、きっと痛みもなければ薄れゆく視界もない。私には、幸福を感じる時間が残されなかった。

私は生まれ変われるのだろうか。

元々、100年もすれば死んでいた頃の人間は、死ぬのが怖いことであると同時に、とてつもなく幸せなことでもあった。けれどその幸せを手に出来るのは一度だけで、しかもそれは、今まで得てきた幸せを全て手放して得る種類の幸せだった。
今の時代の人間は、あまりにも死にたくないものだから、永遠の身体を手に入れた。そしたら死ぬのは怖いけれど、生まれ変わることに価値を見いだし始めた。生まれ変わってみたい。けれど死ぬ事なしに。
そうしてつかの間続いた生まれ変わりビジネスも、ひとつの転換期を迎えた。というのも、人々は死ぬという最後の一大イベントがごっそり失われてしまったことの重大さに気がついたのだ。人は死ぬからこそ強いし、かっこいいし、かわいいし、美しい。それに気がついた人々から、心中を中心とした陶酔的自殺が、瞬く間に広まっていった。

けれどこの分かりやすすぎるモブの中からはずれている人々が居た。ボンゴレファミリーと、私であった。

ボンゴレは死ぬことの生的重要性をもう知っていたから、死ぬことが出来る身体を選び続けた。
私は、死ぬ間際、「死にたくない」と叫んだ。そうだ私は生を叫んだのだ。

窓に目張りをした狭い部屋の中、私は死ぬんだと思いを馳せながらずっとずっとずっとずっと泣いていた。死にたくないと叫びながらのたうち回って泣いていた。それは私が生きてきたなかでいちばんの心からの叫びだった。死ぬことに対して、生き物は恐ろしいほどに反発的で、死にかけたミミズがそこらじゅうをのたうち回るように、わたしもまた床の上をごろごろとのたうちながら泣き叫んでいたのだ。

あのとき、永遠の身体を望んでいたのは、まぎれもない、私だった。

道に立ち尽くす私の周りで人々がぽろぽろといとも簡単に死んでゆく。その周りを救急車が容赦なく取り囲み乗せて連れて行く。気づけばどこを歩いたって同じような景色が広がっていた。赤いランプに照らされた死体と生体。私たちはうまいこと死にたがっている。それでもまだ、死ぬのは怖いと思っている。だって、どんなに私が「しんじゃいたいきもち」を正確に思い出せないにせよ、こんな簡単にボタンですら60年間押すことが出来なかったのだ。そのきもちを「怖い」以外のきもちで説明できるはずがないよ。


服を捲ってボタンの蓋を開けてみた。押せば即死だ。わたしはしんじゃいたい。けれど死にたくない。それすらひっくるめて死んでしまいたかった。私はしかし絶対に押せない。ボタンに触れるだけで身体が震えるのだ。遠くで救急車の音が聞こえる。救急車ですら私を助けられない。ボタンを押せない。ボタンを押せない。


『死ねるわけないじゃないか』

はっとして顔を上げるとマーモンが見えた。おそらくこの身体にプログラミングされた何かが見せているのだろう。

『それを押しても1時間スリープ状態に入るだけで死ねないよ。君がもし自殺を図ろうとしてもすぐ死ねないようにつくったんだから』

私は言葉を失ってただ立ち尽くした。マーモンは続ける。

『君は生きる記録媒体で、その目に入った情報と位置情報が全てデータ化され記録に残されてるんだ。僕らが生まれ変わった時にその研究結果を確認するためにね』

『君は誰よりも死ぬことを怖がっていたから』







マーモンのホログラムがすっと消えると、声だけが残っているようで、さらに続けた。

『さて、ここからはオフレコだ。君は死にたくなったからボタンに触れたんだね。しかも一分間。死にたいならひとつ、いいことを教えてあげよう。飛び降り自殺の方法だ』


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