毎年毎年の恒例行事、らしいその日のために。

 大切な人を喜ばせたい。と、大切なその子は言った。
 そんな健気な想いと、ひたむきさのためならば──。

 少しくらい無理をしてあげても、と考える。



 なにやら落ち着かない様子で、鏡玲が突然手伝いを申し出てきた。
 夕食の後片付けで、流しの前にいた瓊毅は首を傾げた。
 普段から互いの役割を補完し合ってきた2人。何かあれば違和感として気付くのは当然だった。


 瓊毅は思っていた。
 何かある。相談だろうか、と。

 そうでなければこれほど不自然な手伝いの仕方はらしくない。

 もちろんその勘は当たっている。
 しかし、その内容までは双子といえどわかるはずがない。


 ただ淡々とした沈黙が続いた。だが2人は手を休めない。
 皿を洗っていく瓊毅。
 皿を拭いていく鏡玲。
 さすがは双子、と生徒会長どころか他の執行部の仲間たちも口をそろえて言うだろう。
 微妙に気まずい空気。なのに作業の進みは変わらない。
 綯凜ならば茶化してこう言うだろう。
 さすがの朔埜クオリティ、と。
「鏡玲」
「‥‥。なんでしょう」
 先に沈黙を破ったのは瓊毅だった。
「相談か」
 単刀直入な問いだった。
 なんのクッションも愛想もない聴き方に、普通ならば戸惑うだろう。
 学校での丁寧な態度とよく気がつき配慮する彼を知る者ならばさらに驚くかもしれない。


 だが、鏡玲はむしろそれに安堵した。


 基本的に口数の少ない兄。それを補完するのは鏡玲の役目だ。
 今でこそ現在のような分業になったが、昔は少し違った。


 それは補完ではないすべてだった、ということ。

 その頃が少し懐かしく思えるようになったのは、きっと心境の変化があったのだろう。
 これは双子そろって同じように感じている。

 とはいえ、本質はやはり変わっていないとも思っている。
 だから多少言いにくい頼みも瓊毅には出来る、と鏡玲は思っていた。

 躊躇いがちに鏡玲は口を開いた。
「その‥‥です。えと‥‥」
 しかし、いくら瓊毅であっても言いづらいことは鏡玲にもある。
 遠慮がちにちらちらと視線を向けてくる鏡玲に、瓊毅は静かに待った。
 先を促しても引っ込み思案の節がある妹だ。そう軽く話すとは限らないことはよく知っている。
 だから昔と変わらず黙って待った。
「‥‥その、1つ頼みが」
 ありまして。と、尻すぼみに声が消えた。
 瓊毅は泡を流した皿を置き手を止めた。
 気づけば鏡玲の手も止まり、タオルをにぎにぎといじっている。
 じっとその姿を見やり、瓊毅は首を傾げた。何かいやな予感がよぎる。
「‥‥。」
「‥‥。」
「棚のアレ関係か?」
 びくりと鏡玲の肩が跳ねた。
 ちらりと見れば、さっと顔を背けられる。瓊毅は思わず目を細めていた。

 棚のアレ。
 それは瓊毅が絶対に口にしない代物。
 前々日ほどより待機しているが鏡玲が手を着けた様子はない。

 予感の理由はわかった。
 だが、瓊毅の予感はまだ続いている

「そ、その‥‥ですね」
 慌てたように口を開く鏡玲。
 しかし、えとえとという言葉しか出ず余計に焦り始めてしまう。
 瓊毅は、深い息を吐き出した。
「鏡玲」
「は、はい!?」
 思わず上擦る返事。
 さらに深い溜息を漏らし、瓊毅は捲っていた袖を直し踵を返した。
 数歩進んで、ちらりと後ろをわざわざと見やり台所をあとにした。


 居候させてもらっている家(というより屋敷)の自室に戻り、瓊毅は呟く。
「そこに座れ」
 感情の籠もらない声音で指示を出す。
 あとをついて来ていた鏡玲は恐る恐ると顔を覗かせた。
「‥話を聞く」
 無碍には断れない。
 瓊毅は仕方なさそうに自分の言葉に付け加えて、壁に寄りかかった。
 ほっとしたように表情を少し明るくする鏡玲を見て瓊毅は少し肩の力が抜けた。そのことに、瓊毅は思わず目を眇めた。

 妹が可愛いのは誰も一緒なのか。
 物心つく前から瓊毅にとって鏡玲は守るべき存在。そう姉は言い聞かせた。
 そのことに疑問を持ったことはない。何しろ──。

「えと‥‥その、」
 もごもごと口を開き始めた鏡玲に、瓊毅は物思いから引き戻された。
 鏡玲は頼みの一端を兄が察していると感じ、少し落ち着いたように見えた。
 むしろ別の想いが見え隠れし、恥じらいが出ている。‥ように見える。
「もうすぐ、バレンタイン‥でしょう?」
 そう切り出して、鏡玲はほんの少し間を取った。
 そして、上目に兄の様子をうかがった。
「2月14日か。‥そういえば近かった、か」
 瓊毅はそう呟いて、眉を寄せた。

 瓊毅は甘い菓子が食べられない。
 これは彼を知る親しい者は総じて熟知していることだ。

 そして、バレンタイン。

 お菓子会社の謀りゃ‥宣伝によって浸透した、女が男にチョコレートを渡す日だ。
 最近は世話になった人や友人にも感謝を込めて贈る通過儀礼となってきている。

 どちらにしろ瓊毅にとっては‥。
「地獄だな」
 額を押さえて呻いた。
「えっと、‥ご愁傷様です」
「‥。今年も横流すから、どうとでもなる」
「そ、そう‥」
 実兄の口から軽く好意を無為にする暴言が出た気がする。が、鏡玲はスルーすることにした。

 これに関しての瓊毅は非情を貫く。
 胸を痛めて決断してきた結果のことだと、幼なじみの先輩はそう遠い目をして語るだろう。

 バレンタイン。
 女にとって想いを遂げる日である。
 しかし、見ず知らずの他人に甘いものを大量に押し付けられる者にとって、地獄と言わずしてなんとする。

 鏡玲は覚悟を決めた。
「瓊毅」
「ん?」
 重い口を開いた鏡玲に、瓊毅は視線を向ける。
 嫌に決意に満ちた堅い表情に構えてしまいそうになった。
 が、実際に構えることとなる。
「練習台になってください」
「は?」
 表情が引きつる。
 無表情が常の瓊毅が、若干顔を強ばらせた。

 兄が甘いものがダメなことは承知している。むしろ承知の上である。
 頼んだら絶対嫌がるのもわかっている。
 だが、鏡玲は諦めるわけにはいかない。
「作ったものの毒見を、お願いします!!」
 引けない理由があるのだ。


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