人物 | ナノ

4. 


かな子:まゆちゃんはお料理と編み物がご趣味なんだよね。お菓子作りはどう?

まゆ:そうですねぇ……。普段のお料理よりも計量の正確さが求められる分、手間取ることもあります。でも、せっかくのバレンタインですから、いつもよりもがんばっちゃいます。かな子ちゃんに頼りっぱなしになっちゃうかも。うふ(笑)

かな子:うんっ、一緒に頑張ろうね! ところで今回のテーマはチョコレートなんだけれど、どんなお菓子にしようか?

まゆ:まゆはビターなチョコよりも甘いチョコが好きです。あまい、あまーい気分になって、とろとろにとろけるような……。だから、まゆの愛情を満たして、二人だけの甘いひとときを過ごせるように……ハートのチョコを作ります。

かな子:片抜きもこの通り、ハート型を用意したんだ〜。それじゃあ今日も、スタート!


 * *


 ぱらり、ぱらりと雑誌をめくる。
 三村かな子は、アイドルの子とおしゃべりをしながらお菓子を作るコーナーを持っている。この雑誌の中でも好評らしく、二月号ではバレンタインデー特集が組まれた。若干の増ページのあったその記念すべき号にゲストとして招かれたのがまゆだった。
 写真の中のまゆはどこかうっとりとした表情で幸せそうに微笑みながら、可愛らしいエプロンを身に付けてお菓子作りに励んでいる。三村さんとも仲が良さげだ。同じ身長の二人が並ぶのは見ていて微笑ましい。
 私は誇らしくなって、指先でまゆの頬を――もちろん写真を――撫でた。染まった頬。夢見がちな眼差し。この子は恋する誰かさんを想ってこれを作っていると切実に伝わってきた。それと同時に胸が痛んだ。仮にまゆに想い人がいたとしても、私はプロデューサーとして、その恋を応援することも……ましてや協力することもできない。だってまゆはアイドルだから。

――私はまゆをトップアイドルに導いてみせます!! それが私の夢!!

 いつか先輩に言った台詞が脳裏に蘇る。
 アイドルが恋愛しちゃいけないのは少し窮屈だと個人的には思うけれど、まゆはまだ若手だ。スキャンダルは避けたい。

「でも、トップアイドルになったら……? うん、それなら世間も認めるかもね……」

 つい独り言を呟きながら、まゆの写真を撫でる。
 また胸が痛んだ。今度は少し違う箇所が。ああ、なんだろう、これ。私はそんなにまゆが恋するのが嫌なのだろうか。

「……プロデューサーさん?」

 真上から声が降る。私は慌てて顔を上げた。

「わあああ! まっまゆ!?」

「はい、貴女のまゆですよぉ……。コーヒーをお淹れしたんです。休憩してはいかがですかぁ?」

 紙面よりも確かな存在感を持ち、お盆を片手に微笑むまゆがそこにいた。「ありがとう。ごめんね、アイドルにこんなことさせて……」

「まゆが、プロデューサーさんにまゆの淹れたコーヒーを飲んで欲しかったんです。プロデューサーさんの口に入れるものは全てまゆが……うふふ」

 背筋に冷たいものを感じながらマグに口をつける。じんわりと温まる味がした。

「あぁ、美味しい……。これ好きな味かも」

「うふふ。プロデューサーさんの好みを研究したんです」

「まゆは努力家だねぇ」

 えらいえらいと頭を撫でると、まゆは固まってしまった。行き場をなくした指先がおろおろと開いたり閉じたりしている。思わずその指を掴むと、びくりと震える。はくはくと唇が酸素をもとめて喘いでいる。

「……ねえ、まゆ。この間のインタビュー、覚えてる? 見本誌が届いたの。一緒に見よう?」

 まゆは硬直から一転、ぱっと顔を輝かせると、私のデスクの横に椅子を引いて来る。髪が鼻先をくすぐり、ふわりと甘いにおいがした。

「まゆ、どうでしたか?」

「率直な感想を言うとね、これをきっかけに世界がまゆの魅力にひれ伏せばいいと思った」

 まゆは自分の両頬に手を添えた。どうやら癖らしい。

「正直ね、まゆみたいな子にあんなこと言われたら誰だって恋に落ちると思う。それくらいすてきだった」

 まゆは目を大きく見開いている。こうしているとただの女の子だ。ライブや、写真集でスポットライトの輝きの下にいる彼女とはまた違う、年齢相応の顔。同性とかそういうの一切関係なく、ただ単純に、可愛らしいと思った。

「だ……誰だって、ですか……?」

「うん。だってまゆは可愛いもの」

 まゆは何度か視線を彷徨わせ、ぎゅっと目を瞑って俯いた。消え入りそうな声が、かすかに響く。

「プロデューサーさんも、ですか……?」

 私はびっくりしてまゆを凝視した。まゆはまだ顔を上げない。その表情は見えない。しかしその耳がたしかに赤く染まっていた。

 ――あれ、この子の好きな人って……私?






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