1.
「もっふもふぱわーはMAXにゃあ!」
ぴょこん。白い猫耳が跳ねて、つられて猫しっぽも揺れる。次いで、カメラのフラッシュが幾重にも瞬いた。
柔らかい素材で作られたそれらを身に付けているのは、ショートボブの髪をポニーテールに結い上げた少女。同年代の少女と比較するとやや小柄とも言える体型に反して発育は良く、持ち前の愛嬌の中にセクシーさが見え隠れする様な、アンバランスな魅力がある。ちらりと覗く八重歯も愛らしい。
少女はカメラに向かって猫の様に手を丸め、あれこれ動いていた。何事かを思案している。
「こっち? いやいや、やっぱりこうかな! みくがいっちばんカワイく見えるのは、猫ちゃんポーズでキマリだにゃ♪」
少女がウインクをすると、再度カメラが瞬いた。
「いやぁ、プロデューサーさん。お宅の前川みくさんはいいですねぇ。明るいし、元気があって、真摯にお仕事に向かい合ってくれる。それに、なんて言うんでしょうね……まるで本物の猫みたいに魅惑的だ。まだ若いのに偉いですねぇ」
「ありがとうございます。みくは気まぐれなところもありますが、根っこは真面目なんですよ」
俺は初老の撮影監督に頭を下げた。彼が是非うちのみくを雑誌に載せたいということで、今回の仕事を頂けたのだから。
それに何より、みくの事を気に入ってくれたというのが本当に嬉しい。
「耳、きれいな角度で撮ってね!」
本人はそんなことを言いながらさまざまなポーズをとっている。
「じゃあみくちゃん、ラスト行ってみよう!」
「はいにゃ〜☆」
みくはピンっと尻尾を立て、ぐっと愛らしい笑顔を見せた。きっとこれが今日のベストショットだと確信できる、目を惹きつけられる笑顔だった。
* *
「プロデューサーチャン! みくがんばったにゃ☆ なでてなでて〜?」
「はいはい、よしよし」
撮影が終わるや否や、みくが俺の立っているスタジオの隅まで駆け寄って来た。幸いスタッフ達は片付け作業に忙しく、周囲の眼はここには無い。よって存分にねぎらうことにする。
そもそも俺は、可愛らしく小首を傾げたおねだりポーズにはどうしても逆らうことができなかった。
「今日も頑張ったな、みく。偉い偉い」
手触りの良い髪の感触を楽しみながら、優しく撫でる。時折猫耳に触れたりなんかしながら。
これは、いつの間にか……本当にいつの間にやら仕事終了後の習慣と化していて、こちらの手付きも慣れたものだった。みく好みの力加減なども、すっかり把握してしまってる。
みくは満足げに目を細め、されるがままになっている。なんだか今にも喉を鳴らしそうだ。
「プロデューサー……みくのこといっぱいほめてくれるし優しいし、みくはもうプロデューサーチャンが大好きにゃあ☆ ほんとだにゃ☆」
ああもう本当に可愛いなあうちの猫。
「俺もみくが大好きだよ」
耳元に唇を寄せ、そっと囁く。
「でも、そろそろ着替えて来た方がいいんじゃないか?」
「ンーもうちょっと……」
「わがままだなあ」
ゆるゆる首を振るみくに苦笑するものの、俺としてもこの感触を失うのは名残惜しい。だからもうちょっと会話を続ける。
「あの監督さんがみくのこと褒めていたよ。明るく元気で仕事に真摯で、おまけに可愛いって」
「ほんと!? やったにゃ☆」
「みくの意外と真面目な態度が、着実にファンを掴んでいるな」
からかい口調で言えば、
「『意外と』は余計にゃ!」
ぽす、と音を立てて腹部に軽い衝撃が走った。
「みくぱんち☆ にゃ♪」
みくがグーを突き出したのだ。ツッコミ用の攻撃なので痛くは無い。本物の猫パンチの方がまだ痛い。
「お仕事はマジメなんだもん! みんなに楽しんでもらうためにゃ!」
みくは言うが早いが、こちらの手をすり抜けてするりと離れてしまう。両腕を後ろ手に回し、くるりとターンしてから軽くステップを踏む。体を向けたのは更衣室の方向だった。そうして数歩踏み出したところで振り返り、
「プロデューサーチャン、教えてくれたモン。アイドルのお仕事、楽しいって!」
笑みを残して去って行く。
そういうところが猫っぽい少女だった。
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