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――トンネルを抜けると船の上であった。
いや、玄関開けただけだけどね?せめて只の雪国であってくれ。

「誰だ、お前!」

ああ、そっくりそのまま同じ言葉をお返しするよ。誰だ、お前。

視界の上半分には青い空が、のっぺりとどこまでも続いている。下半分には幾十幾百の目が、揃ってこちらを向いている。それぞれ、手に武器を持つ者もいれば鋭く睨みつけてくる者もいて。
勘弁してくれ。わたしは全てに於て標準だぞ。

「はじめまして?」

言うに事欠いてそれか、と思った。自分でも思った。だけど全てのコミュニケーションの基本。にっこり笑って挨拶。序でに肩にかけていた鞄から手を離し、両手を挙げた。
残念ながら、距離が縮まる気配はない。いや、武器持ったまんま近づかれても嫌だけど。

「何の騒ぎだよい」

そんな思案をよそに、突然背後から突き飛ばされた。たぶんぶつかっただけだけど、見事に前に転がった。何だ。厄日か。確かに出入り口を塞いだのは良くなかったのかもしれないけども。それにしたって痛かった。謝られて然るべきだ。

「お前、何者だよい?」

膝まで捲れかけたスカートの裾を払い直して、そのまま、仰向けに転がったまま再度両手を挙げた。難しい質問をするな。

「その、何者というのは何を聞かれているんですか?名前か、出自か、所属か、どれですかね?」
「…全部だ」
「渡イズル22歳、東京出身の大学生です」
「あ?」
「は?」

待て待て。つい、だ。つい。自分から訊いてきたくせに、何言ってんだこいつみたいな返事されたからつい。

「ダイガクセイってのはどういう組織だよい」
「…大学っていう学校に通う人間のことです?」
「学校…貴族か?」
「一般庶民です」
「一般庶民ねェ…?で、そのダイガクセイとやらが何でこんな所に転がってんだよい」
「え、突き飛ばされたから…?」
「違ェ。何でこの船にいるんだよい」

それは…わたしが知りたい。だって家の玄関開けただけだもの。わたしはいつも通り家の外に出ただけなんだから。

「そいつ!船内から出てきたんです!」
「密航者か、スパイかもしれねェ!」

ええ…あー、まあ、言いたいことはわかる。わかるけども。堰を切ったようっていうのはこういう感じか。自分で言いたかないけど、そりゃないよ。わたしにそんな能力はないもの。

「喋っても?」
「何だよい」
「その密航者かスパイかって疑いをかけられるのは最もな状況だとは思いますが、もしわたしが密航者かスパイならこんな人の多いところに態々出てきませんし、後ろで開いた扉に気づかず床に転がるなんでこともないと思います」
「演技の可能性だってあるだろ!」
「それにしたってメリットが少ないじゃないですか。例えば船内に潜んでてばれてなかったんなら、そのまま船内にいた方がいいじゃないですか」
「…仲間と連絡を取る為とか!」
「態々こんな昼間にこんなリスクを冒してですか?お兄さんそんなことするんですか?」

あはは。楽しくなっちゃった。死ぬかもしれん。ここで死んだらどうなるんだろ。

「お前は、密航者でもスパイでもないって言うんだな?」
「そんな能力があったら良かったんですけどね」

あったらあったでいらないとか、違うものが欲しくなったりするんでしょうけどね。無いものねだりは無いから欲しいのだ。

見下ろしてくる気怠げな目を暫く見上げ返した後、その人はため息をついた。何だ。何もしてないぞ。

「仕方ねェ、ついて来い。妙な真似はするなよい」
「はあ…鞄は持ってもいいですか?」
「おれが預かる」
「マルコ隊長!」
「お前らも、こんな小娘一人にがたがたすんなよい」

おお、ご尤も。もう小娘なんて可愛らしい歳でもないけどね。
立ち上がって背中を払うわたしを眺め回して、“マルコ隊長”は眉を寄せた。

「お前、幾つだって?」
「22です」
「その形で22はねェよい」
「…そう言われましても」

そういうお兄さんはお幾つですか。



***

「マルコのやつ、遅くねェか?」
「どうせまた、長ーいお説教でもしてるんでしょ?」
「…ったくよォ、あいつが戻って来ないと終わらねェじゃん」
「おい、今日はいったん切り上げるよい」
「よっしゃ!」
「今日はってことは後日またあるぞ」
「何かあったのか?」
「ちょっとねい…オヤジんとこ行ってくるよい」
「何だ何だ?何があったんだ、って、…誰だお前?」
「よく分かんねェからオヤジんとこに行くんだよい」




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