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息が吸えない。切れるっていうか止まる。きっつ、何これ。

「ほら、立ち止まってんじゃねェ。次行くぞ」

鬼!そんな文句も喉の奥から出てこない。問答無用でイゾウさんが手を叩く。同時に、目の前に対峙したゼイフラさんがにじり寄ってきた。

武器を持つ前に逃げられるようになれ、と。まあ、そういうことらしい。対峙する兄の後ろ、船首付近にいるイゾウさんまで辿り着くか、三分逃げ切れたらわたしの勝ち。捕まったら向こうの勝ち。わたしが三分逃げ切れないのはわかってるから、どうにかしてイゾウさんに辿り着かなきゃいけない。
最初はロハンさん。秒で捕まった。今は、…もう何人目かはわかんないけど。全敗。だって本気で追っかけてくるんだもの。わたしを捕まえられなかった時のペナルティが余っ程嫌らしい。連帯責任でしごき直してやるって。いいじゃん。ご褒美でしょ。

膝についていた手を離し、後ろ向きに駆けて人垣を目指す。いきなり背を向けちゃ駄目だっていうのは、最初にわかった。目を離した瞬間、相手がどこにいるのかわかんなくなるから。わかんなくなったら、びっくりするほど簡単に捕まるんだよね。本気でやれって怒られた。いや、本気だわ。

正直、さくっと捕まっちゃった方が楽。走らなくていいし、苦しくもない。まだ頑張ってるのは、ギブアップする前に次が来るから。たぶん休憩挟まれたら動けない。

ゼイフラさんが走り出した。数十mなんてあっという間に詰めてくる。周りで見ている兄たちを障害物にして、間を縫って走る。なめんな日本人。人混みの中、誰にもぶつからずに歩く国だぞ。

「この…っ、」
「ゼイフラ、本気でやれー!」
「おれたちを道連れにすんな!」

ちょっと誰かわたしのことも応援してよ!座ってる兄たちの間を飛び越え、階段を三段飛ばしで駆け上がる。もう、足上がんない。一階船室の屋根に上がり、角を曲がった瞬間飛び下りた。

「…!どこ行った!」

着地で転がってたら、そんな声が聞こえた。振り返る余裕はない。このまま足を止めるわけにもいかない。また兄たちの間を縫って、イゾウさんまで、…何でそんな意地の悪い所にいるのさ!遠い!

「お疲れさ、」

絡まりかけの足が止まらなくて、そのままぶつかった。びくともしないってどういうことよ。壁かよ。そのままずるずるとしゃがみ込んで、足を投げ出した。何とか吸って吐いてを繰り返す。喘息になりそう。足が悲鳴を上げている。もうやりたくない。

「おい!ゼイフラ!ふざけんな!」
「お前ひとりでやれ!」
「うわっ、すまねェって…」
「すげェじゃん。よく逃げ切ったなァ」

頭をくしゃ、と撫でる感触に、閉じていた眼を開ける。ありがとうございます。ちょっと今声出ないけど。褒めてくれるのはサッチさんだけかい。しごかれたくない気持ちはわかるけど。わたしは褒められて伸びるタイプだぞ。

「お疲れさん。やればできんじゃねェか」
「…もっと、褒めてください」
「あ?」
「何でもないです」

一回くらいで満足すんなって言われそう。これまでに散々捕まってるわけだし。本番は一回切り。捕まったら、たぶんさよならだ。

「よく頑張った」
「…、はい…?」

隣にしゃがんだイゾウさんが、わたしの乱れた髪を直す。どうした急に。もしかして今両手に花じゃない?片手にサッチさん。片手にイゾウさん。

「散々走り回って、まだ走れんだから大したもんだ。身の熟しも、状況判断も悪くねェ」
「…ありがとうございます」
「自分から音を上げない根性もあるしな。毎回頭使って試行錯誤もできる。あいつらにも見習わせてやりたいくらいだ」
「…あの、もういいです」

あんまり褒められても不安になる。そんなにできた人間じゃない。序でに、どこまで本当かわからない。

「何だ、まだあるぞ?必死で走り回ってんのも、掴まって悔しそうにしてんのも、おれに抱きついて安堵しちまうところもかわい、」
「わああああ!うるさいうるさいうるさい!もういいですってば!」
「最後まで聞けよ。…あァ、そうやって恥ずかしそうにしてんのも可愛いな?」
「うるさい!別にそういうのはいらない!」
「褒めてほしかったんだろ?」
「そうやって!結局馬鹿にして!」
「馬鹿になんかしてねェよ」

やめろ!触るな!そういうところが嫌なんだ!



***

「…あーあ、逃げられてやんの」
「まだ元気が余ってるらしいな」
「お前、さっきくらっときただろ」
「あ?」
「抱きつかれて、褒めてってさ」
「可愛いだろ?」
「可愛いけど、あんまりからかってやんなよ」
「…別にからかっちゃいねェんだがな」




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