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酷い土煙の中、爆発が止んだと思ったら銃弾をばら蒔く音がした。阿鼻叫喚。よくもまあこんな、ゲリラか。

「くっそ、妙なもん使いやがって…おい、エース!」
「わかってる…っ、何だこれ痛ってェ!」

様子のおかしい声に、腕と思われる辺りを叩いた。判断の早さか運動能力の差か、爆発の直前か直後からわたしをしっかり腕の中に抱き込んで緩まない。窒息する。

「…イズル、声は出すな。目は開けなくても見えるな?」

一つ頷く。腕は緩まない。

「席の傍に窓があったのは覚えてるか」

もう一つ。きっとこれだけの爆発なら割れてる。

「目ェ閉じたまんま外に出ろ。外に出るまで息は吸うな。誰でもいいから合流して船に戻れ」

それは、頷きたくなかった。何だその、わたしだけ安全圏にいろみたいな。そんなことの為に頑張ったわけじゃない。

「いい子だ。おれの上着着てけ」

片腕ずつ離れて、頭から被さった。頷きたくない。それでも頷くしかない。それが一番、妥当で安全な行動だ。全員にとって。畜生。むかつくな。

腕が緩むや否や机から飛び出した。よく見て、よく聞いて。目を閉じたまま、ひしゃげた窓枠を肩から破って背中から転がる。きっと上着がなかったら傷だらけだった。ああ、むかつく。めっちゃむかつく。

飛び出した先は、店の表と交差する通りだった。遠巻きに見る人たちの視線が刺さる。目は開けなかった。開けなかったのに何か熱い。じりじりする。船に戻るか、街中にいる筈の兄を探すか。一瞬の直感を頼りに地面を蹴った。大丈夫。間違ってなんかない。

「サッチさん!」
「な…っ、イズ!お前イゾウは、…おい、目はどうした!?」
「ここから通り一つ向こうの店でイゾウさんとエースさんがいます。目は閉じてろ吸うなって」
「…わかった。ゾノ!イズ連れて一旦戻れ!途中でルーカに会ったら交替だ!」
「わかりました」
「お前ら今の聞いてたな?イゾウに殺されたくなきゃ死ぬ気で何とかしろよ!」

イゾウさんに殺されたくなきゃって、何でよ。言伝てたのわたしだぞ。くん、とゾノさんに手を引かれて足が動いた。

「イズル、お前目は…」
「シャンプーって、目を開けたら滲みるじゃないですか」
「は?シャンプー?」
「だから顔を洗うまでは閉じてようかと」
「…そう、か…?」

折角無事で出してくれたんだから。ちゃんと無傷で船に戻りたかった。

「白ひげんとこのやつだな?一人で女連れたァお誂え向きじゃねェか」
「…おい、こいつあれじゃねェか?」
「あ?」

何だ?ゾノさんてそんな、何かやらかされてる感じ?薄く目を開ければそれぞれ手に武器を持って、うち一人の手元を覗き込んでいる。涙が滲んだ視界で上がったり下がったりして見比べる視線は、…何となくゾノさんからずれている。気がする。

「…わたし手配書か何か出てましたっけ」
「出てたらイゾウ隊長が放って置かないだろうな…」

そっか。部屋に飾ってくれたりするかな。いや、写真嫌いだから嫌なんだけど。

「…おい、道は分かるか?先に船に、」
「させるかよ!」

大きく振りかぶられた斧が、わたしとゾノさんの間に落ちた。割れた地面がその威力を物語る。そんなん当たったら木っ端になるな。当たったら。

「おい、イズル!」
「…っ、てめ…っ、」

ざっくりと。脇腹を斬りつけた刀を握って、振り回された腕から身を引いた。色のついた視界に赤が散る。攻撃は最大の防御。って、ベイさんが言ってた。逃げるにしても、相手の力を削いでから。

「イズル!怪我は!?」
「一応無事です」
「一応ってお前、」
「ついでにちょっと聞いてっても良いですか?何か色々」
「おれが聞いといてやるから戻れ!」
「嫌です。わたしは守ってもらう為にベイさんのとこで頑張ったわけじゃないんです」

頑張った。なんて、自分で言うことじゃないけど。ベイさんの容赦ないは本当に容赦なかった。何回か骨は折ったし、完治なんて待ってくれないし、本当にぎりぎりまで助けてくれないし。だからこそ、短期間でお墨付きが出たわけだけども。あれに比べたら何も怖くない。こんな、力だけの相手くらい。

平静を装った声だった。本当に何ともなかったらわたしを逃がそうとなんかしない。むかつく。腹が立つ。よくもまあ、よくもまあよりによって。

「あ、イズ…?」
「幾ら温厚なわたしだって怒ったりむかついたりするんですよ」
「…怪我だけはすんなよ」
「はあーい」

深呼吸を一つ。今日はいつもよりよく見える。



***

「…あー、これはあれだな。救護に回るか」
「やべェよ。イゾウ超怖ェ」
「お前、その目ェどうした?」
「何かすげェ滲みんだよ。痛ェし前見えねェし、何かひりひりするし」
「代わるわ。エース、他に何かある?吐き気や目眩は?」
「あー、それはねェけど腹減った。あと何かぐるぐるする…」
「すぐイゾウを回収してきて!それからありったけの真水!」
「いや、あれ回収すんのは無理だろ」
「イズはどうしたの!ミシャナ!呼んできて!」
「了解でーす」




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