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今日は一日、部屋で過ごす気らしい。別にご自身の部屋なんでわたしがとやかく言うこともないんだけどさ。暇じゃない?

「なら、それの手入れでもするか?」
「…あれですか?」

そんなことを言ったら、こんな返事が返ってきた。イゾウさんからもらった短刀。いつ外したやら、ちゃんと机に置かれてある。

「抜いていいか?」
「どうぞ?」

わたしを胡座から下ろして、机の側に立って刀を抜く。何と言うか、銃以外でも様になるのね。いっそ如雨露でも持ってくれ。…傍らに盆栽とかあったらどうしよう。

「綺麗にしてるな」
「だって、大事にしたいですもん」
「へェ?」
「あと、斬れ味がいい方が楽しい」
「…言うようになったなァ」

一応教わった通りに、自分でやってるだけだけど。イゾウさんが刀を置いて、引き出しを開けた。何で道具持ってるの。

「…やっぱ椅子はいるか」
「…歩けるようになったら姉さんのとこに戻りますけど?」
「ん?リリーから聞いてねェのか?」
「聞いてません」

大体察しはついてるけどな。ついでに説明してくれ。何でわたしの荷物がイゾウさんの部屋にあるんですか。

「新しいナースが乗って、丁度いい空きがなかったんだよ」
「別にイゾウさんの部屋だって空いてるわけじゃないでしょうよ」
「イズルの為なら空けるさ」

…そりゃ、どーも。だからって、本人の同意なしに進めないでよ。新入りさん追い出しても姉さんと一緒がいいなんて、そんな我儘言わないけどさ。

「おれと一緒じゃ嫌か?」
「…嫌じゃ、ないですけど」

だって、着替えとかどうするの。今はイゾウさんの着たまんまだけど。毎回目の前で堂々となんて無理よ?椅子やら机やらは兎も角、ベッド一つだし。何で。いや、そんなに場所が余ってるわけじゃないけどさ。

「わたし毎日ここで寝るんですか」
「そうだな」
「イゾウさんと一緒に?」
「ん?あァ、毎日手ェ出したりはしねェよ」
「…そういう問題じゃない」

当たり前だ馬鹿。死ぬぞ。筋肉痛で。道具を並べたイゾウさんが、ぽす、と隣に座った。肩を抱いて、額を寄せて。そういうのだよ、そういうの!

「なら、どういう問題だ?」
「…わたしの心臓が持たない」
「ふ…、もっとすごいことしたのになァ?」
「うるさい」

体を引いた分、イゾウさんが寄ってくる。あ、待って。駄目じゃん。このままいったら押し倒される。

「イズルが煽んなきゃ、何の問題もねェよ」
「イゾウさんが勝手に煽られてるんじゃないですか」
「惚れた女と一緒にいて、平常心なんか無理だろ」

だから、そういうの!やめて!早死にしそう!傾いていた肩を抱き寄せたイゾウさんが、そのまま胸にわたしの顔を、耳を押し当てた。

「…いっつも余裕綽々なのかと」
「そういうふりはしてるけどな?」
「…何で?」
「男は見栄張りてェんだよ」

押し当てられた耳に聴こえる、鼓動の音。比較対象はないけど、これで普通ってことはないだろう。参ったなあ。嬉しい。そんで、安心する。

「心臓が持たなくたって、イズルと一緒にいたいんだよ」
「すごい口説き文句ですね」
「絆されてくれんだろ?」
「…しょうがないなあ」

笑った振動と、こめかみに口づけが降ってくる。甘いわ。ふざけんな馬鹿。



***

「何かむかつく」
「…何がですか」
「いつまでも独り占めしちゃってさ。どんだけ甘ったれてんだよって思わない?」
「おれに言われましても…」
「16番隊の隊員として、隊長のそーいうとこはどうなのさ」
「…まァ…、いつものことなんで…」
「…やっぱむかつく」




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