▽ プロローグ02 我が子
「予定通り男の子か?」
「……うん」
「そっか…なら名前はアレスだな」
アレス、それは生まれる前から決めていた二人の子の名前。
二人の名前の「“ア”ルーティア」「ゼク“ス”」から取った名前にしようと決めていた。
男の子の名前の候補の中にはアレックスやアジェストがあったが、最終的にはアレスに決まったのだ。
ゼクスはアレスを恐る恐る抱いて、小さな我が子をじっと見つめる。
うっすら頭皮を覆うアレスの髪の毛は、ヴァルキュリア家の血を引く人間の特徴であるゼクスと同じ純度の高いブロンド。
粒羅な瞳は、母アルーティアと同じサファイアブルーだった。
我が子を前にゼクスは自然と顔を綻ばせるが、不意に赤い瞳から一筋の涙を流した。
妻にはその涙の理由が分かっていたのか、何も言わずに夫と子に身を寄せた。
――ゼクスには兄が5人もいたが、兄達とは幼少期から疎遠だった。
まともに家族らしい事ができぬまま…戦で皆命を落とし、永遠の別れを迎えたのだ。
兄だけではない、今まで多くの仲間が戦禍に散っていくのを目の当たりにした。
ゼクスは生後間もない赤ん坊の頃に母親は蒸発し、父親には虐待を受けた。
身体には未だに消えぬ傷跡が残っている。
…妻に出会うまでは家族というものには縁がなかった自分に出来た…新しい家族。
初めての愛しい我が子。
ゼクスはアレスの小さな手に指を当てると、アレスはそれをしっかりと握り返した。
「……アレス…父さんだよ」
息子に語りかけると、アレスはきゃひひと無邪気に笑い返してくれた。
(…アレスには自分のような思いはさせない。アレスとアルーティア…必ず幸せにする。守ってみせる…)
ふと窓に目を移すと、外では雪がこんこんと降り積もっていた。
今は7月…いや、あの戦闘から二週間だから8月になっているはずなのに可笑しい気候だ。
涼しさを通り越し肌寒さも感じていたが、その理由はこの雪だったとは驚くばかりだった。
外の光景は奇遇にも妻との出会いの日とよく似た雪景色で、運命を感じずにはいられなかった。
「アルーティア…君と出会った日も、こんな雪の中だったな」
「そうね…」
彼女との出会いが、誰の愛も知らずにヴァルハラへ死に逝くはずだった自分の運命を変えてくれた…。我が子を抱きながら、ゼクスは『その日』を思い出した。
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