これと同じ設定でこれよりも少し前の話





 自分自身の体調は自分がよく知っていた筈なのに、と高尾は数時間前の自分を叱咤する。我が儘なエース様にさえ自らの弱みを見せなければなんとかなると思っていたからこそ気を抜いたのだ、足りなくなった薬を貰いに行った帰りに高尾は人とぶつかり転んでしまってからそれを痛感した。それはぶつかると言う行為爾り、ぶつかった相手爾り。
 すぐに謝ろうと勢い良く顔をあげると視界がぼやけて頭痛が高尾を襲った。ぐらぐらと世界を歪めながらも高尾は視線を、高尾と同じく尻を地面と仲良くさせている相手に向けた。

「大丈夫ですか?」
「あれ……黒子じゃん」

 よりによってと、高尾は内心で舌打ちをする。鷹の目を使えば回避出来ることを知っている相手にぶつかってしまうなんて、きっと今日はおは朝の占いで蠍座が最下位だったに違いないと普段から蟹座の運勢しか見ない占いに毒づく。
 未だに目は回っているがそれを、寧ろそれの原因をライバル校のエースの一人に知られては堪ったものじゃない。普段怖い物騒な事ばかり言う先輩に「口から先に生まれたんじゃないのか」と言わせただけの話術、見せてやろうじゃないか。高尾はすぐに取り繕うように目を細めて冗談めかした口調で言葉を連ねた。

「人混みから黒子サーチって難易度マックスじゃねえか!ったく、周りがお前の事見えないんだからちゃんと黒子が回避しろよー?」

 普段から低い低いと言われる笑いの沸点に感謝しなければならないと高尾は心底思う。茶化すように、たまに吹き出しながら笑いを混ぜて黒子に伝えるとむっすりとしながら黒子も負けじと反論しようとするが高尾はそれを遮る。
「何時までも街中で座り込んでちゃ迷惑っしょ、どっか近くのマジバでも行く?」





 アップルパイとバニラシェイクを机の上に乗せ二人掛けの席に座り改めて黒子が口を開いた。
「君がホークアイ使えば良かったじゃないですか」
 僕だって普段は回避能力低くは無いのにだなんだ言って不機嫌そうにストローを唇で挟む黒子は普段の眈眈とした無表情からは想像出来ない程に年相応だ。おそらく高尾に負けたくないと、暗に高尾の言った「同族」を肯定した会話の通り黒子は高尾にライバル心を持ったまま高尾に接しているのだろう。
 それならそれで有り難い。高尾も黒子への対抗心は勿論のこと、作った借りも忘れてはいない。それに何よりも今はあの冷静すぎる観察眼で、相棒曰く何を考えているか分からない眼で見られるのが怖かった。

 高尾はそっとアップルパイを手にとって心にも無い反論を突っ返した。
「休日くらい目ぇ休ませてんの」
 休ませるだけでは足りない、正直今の高尾では鷹の目を使ったところですぐに黒子を見失うだろう。気づかれてしまっていないか高尾ははらはらとしながら少しだけ冷えたアップルパイにかじりつく。シナモンの香りが口いっぱいにひろがり、パイ生地を突き破った歯の奥からどろりと林檎が溢れるがこぼれないように舌で果肉を拾い一口目を綺麗に口の中に収める。

「やっぱり疲れるんですか」

 上手く流せたようだとほっとする。あまり長いこと続けたい会話では無かったが仕方あるまい、観念して口の中の物を適当に咀嚼してごくりと嚥下する。あまり噛まずに飲み込むなと何時も叱るエース様はここには居ない、高尾は物足りなさを感じて説明に入ろうとするがその前に黒子が高尾の声を遮ってしまう。

「そりゃ」
「あ、駄目ですよ高尾くん。ちゃんと噛まないと」

 きょとんと、間抜けな顔をしてしまったと自覚する程に予想の斜め上な注意で高尾は目を丸くした。
 元からあまり噛む回数が多くない事を相棒にも先輩にも叱られては居たがまさか黒子にそんな事を言われるとは思わない。高尾が驚くのは高尾にとってみれば当然だったのだが黒子からすれば何故高尾が目を丸くしているのかわからないらしく首を傾げて、無言で高尾に続きを促した。

「……なんか拍子抜け」
「なんでですか」
「そりゃこっちのセリフだっつの、なんで俺は黒子にお母さんみたいな心配されてんのよ」

 溜息を吐いて降参のポーズを取って見せれば黒子は満足そうに微笑んだ。高尾よりも優位な立場になったことに優越感を抱いているのだろう。半分ほど食べ終わったアップルパイを机に置いて黒子を見詰める。きらきらと差し込む陽射しが眩しくて窓際に座った事を後悔しながら目を細める。もともと色素の薄い黒子の髪に太陽の光が反射して細い糸の見えた。

「お前んとこの先輩に聞いてみろよ」

 頭の中で誠凛のポイントガードを思い浮かべながら口を開く。彼よりも精度の高いものを持っている自信はあったが恐らくあの男も自分も等しく結果は変わらないのだろうと想像するのは容易い。まあかの天帝様はそんなことなさそうなのだが。

 実際のところ、去年のウィンターカップに出場して洛山とやった辺りから高尾の瞳は明らかに視野を狭めていた。あの頃コート全てを見渡していた目が、相棒がどこからシュートを撃とうとも必ずそれを視界に入れていた鷹の目が随分と衰えた事を高尾は誰にも告げていない。
 眩しさが瞳を焼いてくるような錯覚に陥り瞼を下ろすと黒子が心配そうに、だがはっきりと口を開く。

「君も、伊月先輩と同じように見えなくなっていくんですか」

 これには流石の高尾もどきりと心臓が跳ねた気がする。ああもう知っているんじゃどうしようもなさそうだ、諦めに近い溜息を黒子は肯定と解釈したのか小さく息をのむ音が高尾の耳に届く。だから最近誠凛は司令塔として自分や黒子と同じ歳の少年を据える事が増えたのかと納得しながらゆっくり目を開ける。

「仕方ねえよ、なんつーの?人事を尽くす為にはこれしかなかったっつーか……あー、あれだあれ、運命なのだよってヤツ」

 口を挟ませないように言葉を選びながらも言っている内に高尾自身も苦しくなってきて俯きながら最後の辺りは黒子が聞き取れるぎりぎりの声量になってしまっていた。黒子は俯いたままの高尾に掛ける言葉を選ぼうとするがその前に高尾が先に口を開いた。

「このままじゃ見え失くなるってさ」

 視界に異変が起きた時に高尾はすぐ病院へと足を運んだ。医者は「その特異な目を使い続ければ、或いはあまり眩しい物を見なければ」と高尾に告げた。最初その言葉にぴんと来なかった高尾が事実に気付いたのはそれからすぐの事だった。
 眩しいのだ。相棒である緑間が。どう言った原理かは知らないが鷹の目を使って居なくとも緑間を見ていると、鷹の目を使った後のような頭痛や眩暈がすると。日常でのそれは大した事は無かったがバスケをしている時は本当に酷いもので、挙げ句目を使用してしまえば暫くはズキズキと頭に響き続ける始末だ。

「黒子、」

 高尾の告げた事実に目を丸くする黒子は鷲の目を持つ先輩にそこまでは聞いていなかったのかもしれないと想像する。衝撃を受けたように固まる黒子はやはり、眩しい。

(そうか、黒子も)

 影と言われる黒子の輝きもまた、キセキなのだ。高尾は目を細めて笑いながら話を続ける。

「ありがとな、黒子。お陰で決心ついたわ」

 話の流れが理解出来ないと言うように眉を寄せる黒子を笑い飛ばして残っていたアップルパイを口に全て放り込む。冷えたそれはお世辞にも美味しいとは言えず高尾も黒子同様困ったように眉を寄せて箱を近くのごみ箱に投げ入れた。

 最近高尾は試合で紛れも無く手を抜いていた。それは些細な物ではなく純粋に恐怖から瞳を使うのを恐れ、自分に能えられた才能を拒みながらゲームメイクをした。勿論緑間にも、引退してしまった先輩達もそれに気付いて高尾を叱咤したのが捧げた勝利に免じて今までは許してもらっていた。
 けれどそれでは、人事を尽くした事にはならないことを高尾は知っている。
 輝きを放つ緑間のシュートの軌跡を、可能な限り鷹の目に焼き付けたいと高尾は心底思う。これ以上尽くせる人事が無いんじゃないかと思う程に努力する緑間の相棒が人事を尽くさない最低な人間だなんて、高尾自身がとても嫌だった。

「高尾くん、僕が考えている事が正しいなら君は」
「そうだなあ、多分合ってるんじゃねえかな。黒子と俺ってほんと良くも悪くも似てっから」

 はは、と軽く笑うと黒子も仕方ないと言った風に笑った。ずごごと汚い音と共に黒子もシェイクを飲み干したようでどちらからともなく席を立つ。コップを捨てる黒子より高尾が少しだけり早く店を出てから一拍置いて黒子も出て来る。
「ま、お互い頑張ろうな」
「はいそうですね……手は、抜きませんから」

 どんな時であろうとバスケて手を抜くのが一番駄目だと言うことを黒子はよく知っている。緑間に聞いた黒子の昔の光を頭に浮かべてからもう一度緑間を思い出す。黒子だって尽くせる人事を尽くすだけなのだよ、なんて言うエース様を想像して高尾はぷくくと笑う。
 それから黒子と軽い挨拶だけで別れた高尾は友人と言う程近くも、知り合いと言う程遠くも無いライバルに小さく感謝をした。黒子は俯いていた高尾を、細い光をもって前を向かせたのだ。あとはもう迷う訳が無い事を高尾は知っている。どこに行っても見失わない程眩しい光を確かに高尾は瞳に覚えている。



Title by確かに恋だった
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