!年齢・鷹の目捏造





 高校の卒業を目前に控えた高尾は一つ決心していた、それはバスケを辞める事だ。
 高尾自身が自らの才能に限界を感じた、と言うのは勿論だがそれ以上に高尾は致命的な欠点を抱えているのだ。
(限界だ)
 部室で一人瞬きを繰り返しながら足元を見る。なんとか副主将を努めて来たがそれも既に限界だった。部活が終わったら少し残ってくれないかと呼び出した主将をを待つだけの時間がやけに長く感じる。時計の秒針が動く音だけがが煩く耳に反響する沈黙はすぐに破られた。
 がらりと開けられた扉の先には緑の髪が目を引く秀徳高校バスケ部現主将の姿があった。高尾はすぐにそれに反応して立ち上がり「とりあえず座れよ」なんて言ってベンチに促す。扉を閉めて促されるままに座る緑間は昔よりも随分と視野が広がったと高尾は思う。それもそうだ、一年の頃に慕った先輩達が全員卒業すればレギュラーでキセキの世代と呼ばれる緑間が二年にして主将になるのは必然とも言えただろう。そして責任感の強い緑間が主将になれば今までよりも一層努力を増し、それは目に見える形で表れた。
 我儘で唯我独尊だった天才は周囲をよく見て一人一人の状態をきちんと管理しつつ皆に慕われる、あの頃自分達が憧れた先輩のようになった緑間を実のところ高尾はとても尊敬している。

「真ちゃん」

 一方、入学した時よりも低くなった声で主将の渾名を呼ぶ高尾とて天才の相棒として努力を怠らず、本気で弱音を吐く事をこの三年間一度たりともしなかった。緑間同様一年の頃からレギュラーだった高尾はこれまた必然のように副主将に抜擢され王者を纏める主将を支えるべく、一生懸命にただひたすら走り続けた。

 敢えて言うならば二人は高校生活で自分達なりに人事を尽くしたのだ。

 けれども返ってくる結果は、天命は良いものばかりとは限らない物だ。高尾はきゅうと目を細めて緑間を見遣る。高尾の次の言葉を待つ緑間は怪訝そうに眉を寄せて首を傾げた、随分と勿体振ると、そう感じた緑間が口を開く前に高尾は二の句をを紡ぐ。

「俺、バスケ辞めるよ」

 緑間は目を見開き、そしてゆっくりと瞼を伏せた。何と無く予想はしていたとでも言いたげでそれが少し可笑しくて高尾はくつくつと咽を鳴らした。
「辞める必要は無いだろう」
 高尾がバスケを辞める、と言う予感は確かにあった。確信は無かったが、何と無くと言うにはあまりにも確信に近いそれが今、確信になり緑間を貫く。
 だがやはり渇いた笑いだけを少し響かせた高尾は溜息を小さく漏らす。緑間を見る高尾の瞳は緑間を反射していた。

「俺の目、だんだん見えなくなってきてんだよ」

 緑間は驚きに表情を崩しガタンと大きな音をたて立ち上がる。ズレたベンチから荷物が落ちた音を遠くに聞きながら高尾は目を閉ざす。
 酷使、し過ぎたのだろう。身体に追いつかない程に頼り無理を強いた瞳はいつの間にかろくにボールを捉える事も出来なくなっていた。自慢の鷹の目は野生では生きて行けないくらい視野を狭くしてしまったのだと気が付いた時にはもう遅かった、地に平伏し這いつくばっても橙のボールは既に高尾の手の届かないところへと行ってしまった。
「治らない、のか」
「無理しなきゃ悪化はしない、としか言われなかったし……多分ね」
 医者は遠回しに遠回しに、お前にもう空は飛べないと高尾に告げた。鷹の目が無くともバスケは出来るが、目そのものを無くしてバスケなど到底無理である。きっと昔よりも精度をあげた誠凛の鷲も同じだったのだろう。彼がバスケを辞めたと聞いた時は残念さと納得、そして恐怖が高尾を襲った。何時か自分もそうなるのかもしれないと気が付いてしまった二年の終わり、高尾はホークアイを使わなくなった。
 けれども隣で人事を尽くし続ける緑間を見て高尾はそれが避けられ運命だと知る。天才の相棒が恐怖に足を竦み上がらせ手を抜くなんて言語道断じゃないか、どうせ長くは保たないならば人事を尽くしてから天命を待とうと高尾はホークアイを再び試合で使いはじめた。

「今は、何処まで見える」

 俯いたままの緑間の声は篭りがちだったが高尾にはしっかりと届いた。「そうだな」と数秒逡巡したふりを見せ高尾は緑間に歩み寄る。数歩近寄り緑間が手を伸ばせば高尾に掌くらいなら触れられると言う距離で立ち止まった高尾が少し申し訳なさそうに目を細めた。
「裸眼じゃあきっと、これくらい近付いて真ちゃんの顔が見えるか見えないか、って程度かな」
 その言葉で緑間は高尾の視力がどれ程弱まっているのか、そして高尾が現在裸眼でないことを初めて知った。少しは周りが見えるようになったと思っていたのに、と歯噛みしつつも高尾自身が隠し続けたと言うのもあったため怒鳴り散らしたい気持ちを押さえ込む。
 高尾が黙っていたのは緑間を信用してないからじゃない、寧ろ信用しているからこそ黙っていたのだと緑間はよくわかっているのだ。一番辛いのが高尾だと言う事も、余計な心配を掛けまいと苦しみに蓋をした事も、痛いくらいにわかっているからこそ悔しくて堪らなかった。
「高尾」
 すっと顔をあげ、腕を広げ高尾を見詰める。高尾は一度目を見開いてから苦しそうに眉を寄せてから緑間の腕の中に遠慮がちに潜り込む。ゆっくり高尾の肩を引き寄せて背中に腕を回すと高尾の指が緑間の胸元を掴み握り締めた。

「もっと、バスケしたかった」

 震える声に水は混ざっていなかった。けれど緑間の腕の中で高尾は小刻みに肩を揺らし緑間を握り締める指に力が入る。きちんとジャージだけを掴む高尾に、こんなときくらい遠慮しなくて良いのにと緑間は少し口元を緩めた。そんな一々の配慮がとても彼らしいと感じたからだ。
 震える高尾の声は掠れ消え入りそうなものだがしっかりと彼の意思を表していた。何度も何度も「バスケをしていたかった」と繰り返す高尾が緑間にはとても小さく見える。たまらず緑間は高尾の背中に回したままの腕に力を入れて距離を縮めると高尾の額が緑間の首元にすっぽりとおさまる。
 緑間のジャージの色をじわじわと濃くしていく水分の重みにああ漸く泣いたのかと安堵のようなものを緑間はおぼえた。愛しさにも似たそれはその場には不釣り合いなものであったけれども、それでも緑間はその瞬間きっと世界の何よりも高尾を美しいと思ったのだ。



title by確かに恋だった
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