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5:それはまるで手放した風船のように


 彼は非常に無口な人だった。だけど、彼と一緒にいる時に流れる無言の空気は、決して気不味さはなかった。

 ギャングという人間は、どいつもこいつも柄が悪くて、粗暴でどうしようもない奴らばっかだ。
 仕事を与えられても、仕事の途中に隙きを見つければ、やれ女だとか賭け事やらとサボる事ばっかりしか考えていない。
 世間から見放されたろくでなしの集まりだが、そんな集団にいる私だってもれなく『ろくでなし』という部類だろう。
 だけど、そんなしょうもない連中に紛れて、ひっそりと目立たなかった彼はどこか違っていた。
 その人物は、ボス直属のチームだと言われている『親衛隊』の一人だった。

 毎日毎日と、どこから湧いて出てくるか不思議に思えるほどの書類を黙々と片付け、まだ新入りだった私に対して何も言わずに指で色々教えてくれた。
 まだ知り合って間もない私は、何か勘に触るような事を言ってしまったり、もしくは口が聞けないのかと疑問に持ってしまうぐらいであったが、"彼は極端に寡黙なだけですよ"と残り二人の先輩がこっそりと耳打ちをしてくれた事で、私の失礼な謎は解けた。
 そんな先輩は、いつもベタベタとした二人の先輩に押し付けられるように残された仕事も、文句の一つも言わずにこなしていく。
 たださえ多い量なのに、更に増やされるような事をされて、この人は腹が立たないのか?と思った事があった。そんな私は手よりも口が動いてしまうタイプだったから、当然のように聞いたのだが『別に問題ない』と言いたそうな表情で首を振る様を見て、それ以上の事は聞けなくなった事もあった。

 『カルネ』という聞いたら思わずお腹が減ってきそうな名前を持つ先輩は、誰よりも真面目な男であったが、時々その真面目さとは真逆に自由奔放な面もある人だった。
 椅子に長時間座り、押し付けられた仕事を黙々とこなしていると思いきや、数十分後に様子を見ればいなくなっている事もある。最初はトイレで席を立ったのかと思えば、実はそうではなかった。
 ある時は、お腹が空いているから。ある時は、外がいい天気だったから。ある時は、心地よい睡魔が襲ってきたから。と、様々な理由でフラッといなくなってしまう時もあった。
 そんなカルネ先輩に対して、普段から自由気ままにやっている二人の先輩は『まぁ、彼にだって息抜きは必要なんですよ』と、特に怒る事はなかった。
 しかし、なんだかんで新人の私にその仕事が流れ込んでくるのだ。居なくなるなら居なくなるで、一言ぐらい何か告げてくれないとは、いい迷惑である。
 風船のようにまんまるの体に、ギョロッとした大きな瞳、そして少し不気味な風貌にしては可愛らしいピンク色の髪の毛。
 無口で何を考えているかもわからない先輩は、普段どんな生活をしているのだろうと、私は僅かな興味を抱いた。 

 私がカルネ先輩の事を少し知ることができたのは、寒さが強まる12月にしては日差しが暖かくて、思わず日向ぼっこがしたくなる昼間のことだ。
 相変わらず仲の良い二人の先輩から、カルネ先輩を探してこいと命令をされた日だった。
 用があるのなら自分達で探しに行けばいいじゃないかと不満に思ったが、まだまだメンバーの中じゃ下っ端の立ち位置の私には、流石に口にできなかった。
 親衛隊が使っているアジトの建物内を探してもいない。近くにある飲食店を覗いてもいない。電話をしてみても留守電に切り替わってしまう。
 いい加減ヘトヘトになった私は、少し休憩を取るために近くあった広場に足を運んだ。特別な設備がある場所ではないが、綺麗に整備されていてるし、座って休む場所もある。前々から気に入っているスポットだ。
 いったい先輩は何処に行ってしまったのだろうと考えていると、鳥の囀りの声が聞こえてくる。しかしそれは一匹だけの可愛らしい声でなく、逆に騒がしいと言った表現をした方が近い。
 どっかの木に巣でもあるのだろうか?と、あたりをキョロキョロ見渡せば、私は鳥の巣ではなく目的の人物を見つけてしまったのだ。
 丸々とした風船の体には三匹の猫と大きな犬が寄り添い、ピンク色の髪の毛にはピーチクパーチクと周囲を騒がせていた犯人である雀たちが止まっている。
 ポケッと完全に気が抜けた状態で日向ぼっこをしている先輩の姿に、私は言葉を失った。一端のギャングである男が、警戒心の強い動物達を懐かせていたからだ。
 それと同時に、私は先輩に対してさらに興味を抱くようになった。悪人と呼ばれる人種でも、動物達がああやって寄り添っているという事は、そんなに悪い人間ではないかもしれないからだ。
 普段ならすぐにでも口が動くが、果たしてあの幸せそうな空間を壊して良いのかと、私の心は揺らいでいた。いや、できるのなら、まだあの平和な光景を見ていたいとさえ思っていた。
 邪魔をしないように、静かに私はその場から立ち去った……はずだった。本当に情けない話ではあるが、静かに動かした私の足は変にもつれたせいで、盛大な尻もちをついてしまったからだ。
 音と気配に驚いたのか、鳥は勢いよく飛び立ち、呑気に寝ていた犬や猫はビクッと飛び跳ねた。
「あっ……」
「…………」
 ゆっくりとこっちを振り向いたカルネ先輩の目は、普段よりも更に大きく見開いていた。果たして彼は、今何を思っているのか私には想像できない。
「あ、あー……すみません邪魔してしまって」
 重い沈黙のあとに、ようやく謝罪の言葉は出てきたが、カルネ先輩は徐々に目を元の大きさに戻して静かに首を振った。"気にしなくていい"と、言葉にはしなかったが、そう確かに言っているような表情だった。
「実はティッツァーノ先輩とスクアーロ先輩に、カルネ先輩を探してこいッ! …………って言われまして」
 恐る恐る言い訳を述べれば、カルネ先輩はやはり何も言わずにただ頷いただけだった。
 :
 アジトに戻る最中に、カルネ先輩はふと足を止めた。いったいどうしたのだろう?と、声を掛ける前にカルネ先輩はすぐ傍にあったジェラート屋のジェラートケースを覗き込んでいる。
 もしかして食べたいのだろうか?と、思っているとカルネ先輩の視線は私に向けられた。
「え?」
 私の声に反応するように、先輩はケースに指差した。"どれにする?"とでも言いたいのだろうか。まぁ、何にせよ甘い物を食べたかった気分だったので、私は目についた味を口にした。
 カルネ先輩も注文するときさえ何も言わなかったが、店員さんに味の指定などを指で指示する。
「……えっ、いやいや。私が自分で払いますよッ!」
 会計をする為に財布を取り出したが、私が払うよりも先にカルネ先輩が二人分の料金を支払ってくれたのだ。そんなの悪いと慌てて声を掛けたが、カルネ先輩はさっさと自分のジェラートを食べながら先に歩いて行ってしまう。
「あのぉ〜……本当にご馳走になっちゃっていいんですか?」
 後ろから声を掛けてみるが、相変わらず先輩は黙々と先を歩いてく。私には、この人が何を考えているのかさっぱりわからない。そんなこんな一人でアタフタしているうちに、手に持っているジェラートはどんどんと溶けていく。
 せっかく買ってもらったのに、これじゃあ勿体ないじゃないかと、私もようやくジェラートに口をつけた。口内に広がるフルーツの味に、思わず"美味しい"と呟けば、ようやく先輩は足を止めた。
「ジェラート、ありがとうございました」
 やっと言えたお礼の言葉を告げれば、カルネ先輩の口元がニヤーと三日月型に曲がった。その歪な笑顔を見て、『あぁ、この人も一応笑うことができるんだな』と、失礼な事を考えながらまた改めて先輩に対する印象が変わった日だったのだ。

 その一件の事があった日以来、私はよくカルネ先輩に話しかけるようになった。
 と言っても、基本的に私がずっと何かしら一方通行で話している状態ではあったけれど。だが、カルネ先輩は嫌な顔もせずに、ただひたすら私の言葉に耳を貸してくれた。
 あまり表情は変わっていなかったが、時々相槌を打ってくれたり、少しだけ口元が動いていたりと、僅かな変化を見せてくれたのが嬉しかった。
 以前よりも距離が近くなった私達の様子を見て、二人仲良くしている先輩たちは、どこか驚いた顔をしながらも、"仲が良いことはなによりですが、彼の恨みを買うような事は気をつけなさい"と耳打ちをしてくれた事もあった。
 その時はその言葉の意味を深く理解はできなかったが、今はその理由がよくわかった。
 寡黙で真面目で、動物に好かれていた彼は、親衛隊の誰よりもボスに対して忠誠心が強かった。
 先輩たちは普段温厚な人ほど、強い恨みを持ったり怒ったりすると、誰よりも恐ろしいのだと、私に伝えたかったのだろう。
 でも、私は横に寝そべるカルネ先輩の事を本当に恐ろしい人だと心の底からは思えなかった。確かに恨みの力も、いつ死んでもいいという忠誠心が誰よりも強くても。
 そんな人でも動物に懐かれるし、私のどうでもいいような雑談に耳を傾けてくれた。おまけに、先輩たちとお揃いのグローブまでプレゼントしてくれる優しさもあったんだ。
 "これはカルネからですよ"と、手渡された包には『君は、どうか死なないでくれ』と、書かれたメッセージカードが添えられていた。
 真っ黒の手袋を握りしめて涙を堪えるように空を見上げれば、きっとどこかの子供が手放しただろう風船が空高く飛んでいた。
 せっかく泣くのを我慢していたのに、『連想させてしまうモンを飛ばすなよ』と心のなかで悪態をつきながら、堪えきれずに嗚咽した。

 終

【お題サイト『きみのとなりで』 自由奔放なあなたへ5題

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