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4:強い瞳と強い意志


 真っ黒な艷やかな髪の毛と、常に警戒心を宿した深いモスグリーンの瞳のあの子は、いつも私の傍にいた。
 怯えたように私の腕に掴まって、ビクビクとしながら周りの大人たちの顔色を伺う彼は、まだ幼かった自分には早すぎる母性本能を擽らせたのだ。
 "お願い。ずっとボクの傍に居て欲しい。なんでもするから…………お願いだよ"と、泣きそうな声で私に懇願する彼の頭を撫でて、"大丈夫、だから泣かないで"って慰める瞬間は、身が震えるほど非常に幸せを感じたのだ。
 まだ文字も読むことさえできなかった歳頃だったのに、彼は私の性癖や歪んだ愛情を育ませた大きな元凶だった。
 もっと自分を頼ってほしい、もっと自分に依存して欲しい。と、私は彼が義父に虐められた後にタイミングよく彼の元を訪ね、身も心もボロボロにされた彼を優しく抱きしめていたのだ。
 ガタガタと震える細い体は愛しかったが、このままでは本当にいつかあの男に殺されてしまうのでは?という危機感もあった。
 『そうだ。私があの男をどうにかしてしまえばいいのだ。そうすれば、少ながらず命を奪われることは回避できる』と、ウトウトとやってくる睡魔と戦いながら出た解決案だった。
 ……だけど、子供だった私がようやく捻り出すことができた案は、結局無駄になってしまった。だってあんなに虐めていた義父は、ある日を堺に彼に対して手を挙げるどころか、擦れ違っただけで舌打ちをする事さえなくなった。
 今までずっと彼が義父の顔色を伺っていたのに、今度は逆に義父が彼の顔色を伺うようになった。……いや、というよりも、まるで彼のと言うよりも彼の後ろに誰かに対して怯えていたのかもしれない。

 彼……かつては初流乃と呼ばれていたジョルノは、義父から苛められなくなったのと同時に、性格が徐々に変わっていった。
 あんなに必死になって私にしがみついていたくせに、いつしか私の傍に近寄ることが少なくなっていた。
 何処に行くにも怯え、誰と話す時も顔色を伺いながら話していたのに。
 人はそれを『成長したのだ』と喜ぶ事なのだろうけれど、私は自分の元から離れていくその自由奔放な部分を受け入れることができなかった。
 むしろ受け入れるどころか、そんな彼が嫌いになっていく自分に気がついてしまったのだ。
 歪んだ愛情や性癖にさせただけでなく、こんな嫌な人間にさせるとは何て酷い子なのだろう。と、あれほどまでに焦がれていた愛は、恐ろしい程に冷めてしまったのだ。
 だがしかし、突然素っ気なく冷たくなった私の反応に、ジョルノは焦りを感じたらしい。『追いかけられると逃げたくなり、追いかけられなくなると今度は自分が追いかけたくなる』という心理になったのかもしれないが、正直言って今更いい迷惑だと感じている自分がいた。
 極端に避けるようになった私に対して、"どうしてボクの事を避けるの?"とか"久しぶりにゆっくりと話しがしたい"とか、昔のようにどこか縋る目で話しかけられても、今の私は昔までみたいに愛しさを感じる事ができなかった。
 しばらくしつこかった彼だが、これ以上私に関わっても無駄だと理解したらしい。またジョルノは私に関わろうとする事を辞めた。
 ――中学生になるにつれて、ジョルノは悪い方向へと成長をしていったようだ。
 中学校もジョルノと同じ学校ではあったが、私は彼に絶対声を掛けようともしなかったし、姿を見かければわざとUターンをしたりして接触を避けた。
 だが、私が交友関係を広くしていたせいもあるのか、嫌でもジョルノの噂は耳に届いてしまう。
 観光客を相手にスリまがいの強奪をしているとか、背後には悪い大人がいてジョルノに何かするとその人に殺されるとか……。
 ジョルノは私とは違って、学校の寮に入った。虐待する義父と無関心な母親と離れたせいか、更に自由奔放になったようだ。
 思わず眉間に皺を寄る噂話のあとでも"それでもジョルノってなかなか素敵なのよねー"と、キャッキャと楽しそうに笑う友人達に対して、私はただ愛想笑いをするしかなかった。
 根も葉もない事を聞いても、私はただ憐れだなとしか思えなかった。幼い頃のようにずっと私を頼ってれば、変な噂を流される事もなかっただろうし、万が一そのような悪い道に走ろうとしても私が止めていたのに。
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 最後に見かけたあの子は、思わず二度見してしまうぐらいに別人になっていた。
 太陽の光に反射する煌めいた金髪、薄暗さとは真逆の透き通った瞳。あんな子、この学校にいたっけ?とつい見てしまったが、よくよく見てみればあまり会いたくなかった幼馴染だという事に驚愕した。
 私がかつて好きだった艶のかかった黒髪でも、落ち着いたモスグリーンでもない。私が好きだった彼はもう完全にいなくなってしまった。
 視線を交わすこともなく見送った彼の背丈は、もはや私よりも高くなっていて、細かった身体もがっしりとした胸板が覗いていた。
 歪んだ愛情も早すぎた母性もなくなったのに、私はどうして心がモヤモヤとしているのだろう。
 ……あまり考えたくはないが、実はどこか寂しさを感じているのだろうか?それとも手をかけていた我が子が、自分から巣立つ母親の心境と似ているのだろうか。
 答えのない感情は、余計に苛立ちを覚えさせられる。もうジョルノの事は忘れてしまうおうと、私はすぐさま課題のことに頭を切り替えた。

 一日の授業が全て終わり、何処か寄り道でもしようかと帰宅準備をしていると、何やら校門の周辺を遠巻きにするように沢山の生徒がザワザワと騒いでいた。
 何年も通っている学校だが、こんな異様な光景は見たことがない。一体どうしたのだろうと、私は近くにいた子に話しかけた。
「学校の前に、高級車が何台も止まっているでしょ? ……あまり大きな声で話せないけれど、皆はギャングが来ているって噂してて、怖がって帰れないの」
 その子がこっそりと指を指した先には、確かに黒塗りの高級車が並ぶように止まっている。よくよく見ると、チラチラとたまに姿を見せる人物は、どうみても気質の人間には見えない。
 誰も行こうとしないのを見て、私はどうしたもんかと悩ませた。……そこで私は思い出したのだ。あまり知られていないが、学校のひと目のつかない場所に裏門があったのだ。
 そこから行けば問題なく帰ることができるだろう。と、自分の記憶の良さに気分よく足の向きを戻した。
 中庭を抜けると、さっきまでのざわつきは嘘のように静まり返り、風で舞った落ち葉のカサカサとした音だけが耳に入る。
 今はもう11月で、木々の色合いはすっかりと秋めいて来て物寂しさを物語っているけれど、私はこの時期が好きだった。
 足元に散らばる落ち葉を踏めば、サクサクと心地の良い音が鳴る。……だけど、その音は私だけの一つだけではない。
「……誰?」
「あぁ、やっぱりここにいた。此処で待ってれば、貴女はやってくると信じていた」
 自分よりも低い男の人の声に、思わずビクッと肩を震わせた。後ろを振り向けば、銀杏の葉よりも真っ黄色な髪の毛を持つ彼が、大人びた顔を懐かしそうに歪ませた。
「……どうして」
 問いかけた言葉を私は飲んだ。初めて彼と出会ったのも、11月の今日みたいな晴天の日だったのを思い出したからだ。
 叱られた犬みたいにしょんぼりさせ、いじけるように小さな足で落ち葉を蹴り散らかしていた。
「やっと貴女を迎えに来ることができる」
「迎え……?」
 ジョルノは私をどこに連れて行こうとするのだろうか。怪訝な表情を浮かべているだろう私に、ジョルノは照れたように頬を染め上げた。
「だって、貴女はずっとボクの傍にいてくれるんだよね? やっと二人で幸せになれる環境を作ることができたんだ。こんなに嬉しいことはない」
 つらつらと嬉しそうに語るジョルノの言葉を理解したくはなかった。あんだけ関わらなかった月日があったというのに、未だにこの子は幼かった頃の話を持ち出すからだ。
 半端呆然としている私の傍に、ジョルノはすっと近寄ってきた。数センチの距離に立つジョルノは、やっぱり私よりも背丈はあって、どこか威圧感があった。
 光に反射するかのように、キラキラと輝いて見える瞳に、私は捕らえたかのように目を離すことができない。
 まるで『絶対に嫌だとは言わせない』という強い意志が、その瞳に込められているかのようだ。
「私……」
 否定の言葉なんて、とても続ける事はできない。
 もう木の枝のように細くない腕がスッと伸びてきて、拘束するかのように力強く抱きしめられる。
「嬉しいな。そんなに震えるほど、喜んでくれるなんて」
 違う。これは貴方が虐待されていた後と同じ震えだ。奥から湧いてくる恐怖は、呼吸がままならない程に私を縛りつける。
 ジョルノの執着心を甘く見ていたかもしれない。
 自分が気持良くなる為に、幼く純粋な気持ちで私にしがみついてたジョルノの心を弄んでいた罰なのかもしれない。
 行き場のないどうしようもない後悔を受け入れるかのように、私はただジョルノの胸の中で目を閉じるしかなかった。


 終

【お題サイト『きみのとなりで』 自由奔放なあなたへ5題

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