拍手log | ナノ

3:二連ブレスレット戦線


 腕を動かす度に、左手首に嵌められた二連のブレスレットは、チャリチャリと金属音を鳴らす。
 プレゼントされた装飾品だが、プレゼントというよりも一方的に押し付けられたと表現する方が近い。
 その二連のブレスレットは、どちらも細く繊細で、一つはプラチナで作られ光に当たると綺麗に輝き、もう一つは恐らく黒の金属製だと思うが、見る角度によっては勝色にも見える不思議な色合いのブレスレットだ。
 ある日前触れもなく、同僚である二人の男は、私にこのブレスレットを寄越した。"期間は一ヶ月。それまでにオレ等は本気で君をオトす。一ヶ月後、君の気持ちがある方のだけソレを嵌めておいてくれ。もし、どっちも駄目なら2つとも外しておいてほしい"
 正直それまで私はあの二人に対して、特別な感情を抱いた事はなかったが、そんな宣誓布告をされた挙げ句に普段よりも優しくしてくる彼等に変な意識を持ってしまう。
 それが二人にとっては計算通りだと思っているのなら、なんとも腹立たしく何て事を仕掛けて来るのだろうと、余計な悩みを増やされて頭を抱えたくなる。
 そんな私の苦悩など露知らず、手首を飾るブレスレットは憎らしい程に美しく輝き、ぶつかる度に楽しげな音を奏でた。


 ここ何日かいくらウンウンと悩んでも、結局私の悩みの解決口は見つかることはできなかった。
 いっその事、もう一人の同僚であるカルネにでも相談しようかと思ったが、職場内でそんな事が起こっているのを知れば、どこか気まずい思いをさせてしまうだろうと考えると、話しづらくなった。
 相変わらず私の左手首には、拘束具のようにブレスレットが存在している。白い方はティッツァーノ、そして黒時々勝色なのはスクアーロから渡された物である。
 しかし私を悩ませる二人は、これまで私に対して好意を向けるどころか、いつも二人だけの世界にいるような雰囲気を纏っていた。実はデキてるんじゃ……っていう噂が一時流れていたぐらいに、二人は常にべったりと行動していた。
 それを踏まえてあったので、今回の事はまさに驚くというよりも、話を聞いた時は呆然としてしまったものだ。彼等は私の返事も聞かないまま、呆然としている隙きをついて、左手首にコレを着けていた。
 いくら悩んでもどうしようもないので、半端ヤケクソで開き直るように現実を受け入れた方が、案外精神は楽かもしれない。
 あーだのこーだの色々考えながら歩いていると、ドンっと誰かにぶつかってしまう。いけないと思い、慌ててその相手に謝罪をすると、頭上からクスッと控えめな笑い声が聞こえた。
「大丈夫ですか? 私にとっては、ラッキーですが、貴女は怪我などしてませんでした?」
「あっ……うん、大丈夫。ごめんね、ぶつかっちゃって」
 顔を上げれば、予想通りにあまり会いたくなかったティッツァーノの顔と対面してしまう。ぶつかってしまった事に対して、特に怒っていなさそうなのは良かったが、あまり長く話したくはなかった。
 再び謝罪をして、そそくさと立ち去ろうとしたが行く手を遮られてしまう。
「良ければ、これから一緒に食事でもどうです? 前々から貴女と二人きりで話してみたいと、思っていたんですよ」
「えっ? あぁ、いや……もうご飯は食べ……」
 咄嗟に嘘をつこうと思ったが、最後の言葉が出る前にタイミングよくお腹の音が鳴ってしまう。可愛らしい小さな音だったら良かったのに、よりによってその音は可愛げもなく彼の耳にも入ってしまう。
「決まりですね。この近くに良い店があるんです。どのメニューも絶品ですよ」
 普段どおりの上品そうな笑顔を浮かべ、ティッツァーノは恭しそうに私の手を取った。唐突な行為に、私は肩を跳ねかせるぐらい驚き、思わず手を引っ込めようとするが、予想以上に掴む力は強かった。
「それとも私と一緒は嫌ですか?」
 あからさまに肩を下げ、しょげたように眉を下げる。整った顔でそんな事されると、断ることに罪悪感を覚えさせられる。
 ……が、やはり彼は私の返事も聞かず、手を掴んだままズルズルと引きずるように連れて行こうとする。それのお陰か、沸々と湧き出ていた罪悪感は薄くなった。
「ちょっとッ! そんなにグイグイやったら、痛いって!」
「それなら、最初から一緒に行けばいいんですよ」
 このシレッとした態度がやはり腹立たしい。ヤイヤイと言い合いをしていると、どこから現れたのかいつの間にかスクアーロが傍に立っていた。
「ずいぶん楽しそうだな? オレも混ぜてくれよ」
「……これが楽しそうに見えるなら、貴方の目は節穴かもね」
「あぁ、スクアーロですか。私達はこれから二人で食事に出かけるんです。例えスクアーロでも、彼女の独り占めは譲りませんよ」
 私を挟むように、彼等は向かい合って見つめ合っている。いや、普段のような見つめ合いというよりも、静かに火花を散らしているって言った方がいいかもしれない。
 あんなに仲良さそうにしていたのに、こんな事もあるんだと、私は珍しいものを見て隙きをついて逃げ出すという選択肢を忘れていた。
「……かと言って、『はい、そうですか』と引くこともできないんだよなぁ……。食事に行くって事は、まだ飯は食ってないんだろ? だったら、これ食べようぜ」
 スクアーロはそう言いながら、手に持っていた紙袋を私達に見せつけた。
 "本当は2つ買うつもりだったのに、いつもの癖でな……"と、スクアーロがどこかバツが悪そうに袋を開くと、中から顔を覗かせたのは、具が沢山入った3個のパニーニだった。
「ティッツァーノも一緒に食べようぜ」
「スクアーロ……」
 数秒前にはギスギスした雰囲気を醸し出していたくせに、コロッとティッツァーノは嬉しそうに頬を染めた。なんだこれ、本当は私なんていらないんじゃないの?
「まっ、せっかくスクアーロが買ってきてくれたなら、食べなきゃ勿体ないですね。外もいい天気ですし、三人で食べましょうか」
「いいな、それ。シート持って海辺で食べようぜ」
 私を置いてけぼりにするように、二人は勝手に話を進めた。そして、二人がかりで今度こそ私は連行されるのであった。


 左手首に嵌められたブレスレットは今日も輝く。宣告された期限まで残り少ないが、未だに私は決められることはできない。
 チャリチャリと互いにぶつかる輪っかをボンヤリと眺めていると、"よう"と頭上から軽く声を掛けられた。
「それ、気に入ってくれたのか?」
「んー……あんな事を言われていなかったら、完璧に気に入ってたかも」
 スクアーロからの問いかけに、私は少しばかりブレスレットを見つめて答えを出す。実際にデザインもシンプルだし、普段遣いにはとても良い。
 安っぽくもないし、逆に高級そうでもない。丁度良さそうな位置にあるコレは、ずっと身につけていると徐々に愛着も湧いてきていた。
「ははっ、そうかよ。でも、君にあげる時に二人で散々選んだんだぜ。いくつも店を巡っては、気に入ってもらえそうなのを探したんだ」
「ふーん……でも、なんでいきなり? だって、二人共そんな雰囲気まったく出してこなかったじゃん」
 私の為にそこまで吟味して贈ってくれた気持ちは嬉しいが、何であんな事になったのか正直本当の所を掴めていなかった。
「いやいやいや。それは、君が鈍感すぎるからだ。オレとティッツァーノが君を好きだってのが同じってのは、別に驚かなかったし、むしろ似た者同士って感じで嬉しかったよ。でもよぉ、二人でちょいちょいとアプローチしても、君は全然気がついてくれないし、気にも止めてくれない。だからソレをあげようと決めたんだ」
 鈍感と突きつけられた事に、私は結構ショックを受けた。自分で言うのもアレだが、鋭いタイプだと自負していたからだ。
「そっ、そうなんだ……」
「そうだ。だから、ちゃんとどっちにするか決めていてくれよな」
 辛うじて出たセリフに、スクアーロはムカつくほどの爽やかな笑みを浮かべて、まだショックを引きずる私を置いて何処かに行ってしまったのだった。

 そして約束された日、私は彼等と待ち合わせしていた場所にへと足を運ぶと、普段ルーズな癖に今日だけはしっかりと時間を守っていた。
 彼等に見られないように、左手は背後に回しておく。
「よっ、ルールはちゃんと覚えているよな?」
「もし選ばれなくても、私は覚悟をしていますよ。……恨むかどうかはわかりませんがね」
 口元はにこやかだが、二人の目は全然笑っていなく、妙な圧力さえ感じる。
 この期間、私は散々迷い続けた。ラストスパートでも掛けるかのように、二人は本当の意味で私を同僚ではなく『signora』……いや、『una donna』扱いをしてくれた。
 まさかあのティッツァーノが!?スクアーロが!?と言いたくなるぐらい、耳を塞ぎたくなるほどの甘い言葉を囁いてくるなんて思ってもいなかった。
 ずっと今までただの同僚だったのに、この一ヶ月の期間であっという間にそれが崩れてしまった。
「さぁ……君の答えを教えてくれ」
 スクアーロに促され、私は意を決して左手首を見せた。二人が目を見開き、息を呑む音が耳に入る。
「…………それって……」
「とりあえず……まずはお友達からって事で」
 散々悩まされた仕返しをするように、私はとびっきりの笑顔を二人に向けたのだった。



 【お題サイト『きみのとなりで』 アクセサリーで5題から】

|
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -