Shadow Phantom | ナノ
 2:苦々しいチョコラータ

 出身は日本の東京。20歳までは両親と僕と住み込みの家政婦さんで住んでいた。祖父をはじめ、僕の父親を含めた息子たちはそれぞれ会社を企業させ成功していた。会社グループの名は結構有名で、所謂大企業の分類に入っていたし、教育に関しては不自由がなかったから一応裕福層だったと言っておく。
 母は父の秘書をやっていたそうで、父の一目惚れだったらしい。仲むずまじい夫婦だったけど、なかなか子供はできなくて祖父や親戚から色々と言われてた。ようやく懐妊し、ラストチャンスだと思いながら産んだ僕が女の子だったのを知った母は発狂したそうだ。
 両親は将来父の会社の跡を継がせる為に男の子を希望していた。当時日本では、女性の社長は非常に少なくて見下す人も多かったとか。母のあまりの様子に、親戚達は同い歳の従兄弟を養子にもらったらどうだと提案したが、それを父が跳ね除けた。
『例え女でも、男のように振る舞わせ跡継ぎとして育てればいい』
 その誓言どおり、僕は男子のように育てられた。口調もそうだったが学校の制服も男子用だった。だけれど、流石に体育の時間や身体検査は教師に女子の方へと移された。勿論『女男』、『おなべ』だと中傷されたりイジメに近い事もされたが、気がつけば僕をからかっていた子達はいつの間にかいなくなっていた。


 5歳の雪が降る寒い冬だった。習い事に行く時間に遅れそうになり、慌てて走ったのがいけなかった。
 廊下に置いていた台座にぶつかり花瓶を落としてしまったのだ。最悪なことに、その花瓶は母が一番気に入り大事にしていた代物だ。派手な音を聞きつけて来た母の顔が今でもも時々脳裏に蘇る。
 只さえ女というだけで嫌われていたのに、さらに気に入りの花瓶まで割ったせいで怒りの感情に火をつけてしまった。母は元々怒りの導火線が短く、時々僕の細やかな失態を見つけては怒鳴りつけられていた。
 謝る僕を和室へと引きずり、母は火鉢に刺さっていた高温の火鉢棒を僕の両手の甲に押し付けた。肉が焼ける臭いがして、悲鳴をあげられないほどの激痛が身体を走った。きっと痛みで転げ回っていたと思う。
 一日反省していなさいと、窓も光もない納屋に僕は放り込まれた。寒くて暗くて痛くて必死にドアの向こうにいる母に謝罪したけど、遠ざかる足音に酷く絶望した。
 手の甲は痛いのに痒くて、やってはいけないのにのたうち回りながら両手の火傷を掻きむしってしまった気がする。変な水が手首に周る頃にはだんだん痛みが無くなっていた。空腹と身体の怠さを感じ、固く冷えた床に転がった。
 昨日はピアノが上手くできなかったからと、夕飯を食べさせてもらえなかった。そういえば朝食も食べていない。部屋に何か食べられる物はないかと、今だに何も見えない暗闇の中を手探りすると指先を何かで切ってしまった。とことこんツイていないなと諦めて目を閉じた。
 身体がやたら熱く感じた。寒くてガタガタと震えているはずなのに、熱くて呼吸が苦しかった。今思い出せば、きっと火傷から菌が入って高熱が出たんだろう。関節が軋む腕で自分を抱きしめて、震えが止まるのを待った。
 すると、今度は変な声が聞こえた。しゃがれていて全身がゾワっとする声だった。僕は死神の声だと怖がったが、怖かったはずなのに段々と何故か安心感が産まれていた。
 その声は、僕に生きたいか?と問いかけた。『生きたい』と答えた。欲を言えば、この暗闇も恐怖せず空腹にもならずに生きていきたいと思った。その思想を読み取ったのように声の主は、面白そうに低く笑った。
『欲深き事は良い事。野心深く闘争心がなければスタンドは使えぬ』
 薄れていく意識の中、その言葉が最後に聞こえた。
 次に目が覚めた時、灯りもないのにやたら部屋の中がはっきり見える事に驚いた。そして、両手の甲の酷い有様に嘔吐した。……と言っても出すものがなくて胃液しか出てこなかったが。
 僕が寝っ転がっていた場所に、変わったデザインをした矢じりが落ちていたのが大人になった今でも印象的に覚えている。
 ――それが、僕とノクターンが初めて出逢った時の話し。

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