Shadow Phantom | ナノ
 1:癖のあるジェノベーゼパスタ

『道具だと認識されている事に目を背け、報われないのに完璧な人間のフリをしていた。造られた外殻の中身は朧げ歪んだ存在で、あらゆる事が欠如していた。
 人を殺害した時の罪悪感も、人の温かさも愛情なんかも持っていなかった。人らしい感情が欲しかったから、僕は敢えて薄汚い世界に足を入れた』





 イタリア南部にあるここは第三都市と言われる【ネアポリス】。物価は安く食べ物も美味しい。有名な物も多く味わい深い所だが、治安はかなり悪く街の至る所には落書きやゴミが多い。そんな所だが、僕は結構気に入っている。
 
 この国に来て二ヶ月が経った。治安が悪い地区で安くなった小さな家を買い、味に魅了され会計後にバイトをしたいと申し出たトラットリアで給仕の仕事を始めたりと僕の月日は目まぐるしく過ぎていた。
 慣れない土地や仕事に苦労していても、生きているのだからお腹は空くものだ。そしてバイトから帰宅している途中の現在も、お腹は空腹を訴えている。何も食べていない訳ではない。仕事を上がる十分前に沢山賄いを食べさせてもらった。仕事先の人も僕がよく食べることを知っているから、凜は三人前分あるからねとウィンクされたぐらいだ。
 残念ながらこの空腹は、食べ物では満たされることはできない。じゃあ、どうするのかっていうと……。足の向き先は、街灯なんてない路地裏だ。ちょうどバーの裏にあって、家のない浮浪者や非合法の薬を使ってイカれた者と、行方不明になっても騒がれないろくでもない者たちの吹き溜まりだ。
 ここの路地裏は街中よりもさらにゴミが散乱し、一歩足を踏み込んだだけで悪臭が鼻につく。
 帽子を深く被り直し、足を止めることなく進んでいけばハイエナのように三人の男に声を掛けられた。酒で焼けた声で何か汚い事を言われた気がするが、あいにくスラング用語をよく勉強していなかったので半分ぐらいしか聞き取ることはできなかった。『金をよこせ』とか『後ろを掘ってやろうか』とかそんな感じの事を言っていたような。あまりにもうるさかったので、僕の友人が男達の首を刈り取ったおかげで静寂が戻った。正直汚いおっさんは見た目的に好みではなかったが、ここは好き嫌いは言ってられない。
「ノクターン」
 僕の周りをウロウロと彷徨う友人に呼びかけると、待ってましたと言わんばかりに殺した男を摘んで口に放り込んだ。ガリゴリガリゴリと肉を裂き骨を砕く音が響き、男たちの醜さからは想像ができない程、甘い味が僕の口に広がり腹が満ちる。
 ノクターンが三人目を食べ終わる時には、恍惚して高揚とした気分になっていた。死体どころか血の一滴も残さずに無くなるから、喰われた三人は殺されたとは知らずに行方不明者扱いにされるだろう。隣に蠢く友人も嬉しいのかガチャガチャと骨を鳴らし音を立てていた。
 この気分のまま家に帰ろうと、来た道を戻ろうとした時だった。今までなかった人の気配をノクターンが感知した。この距離を僕達に気が付かれずに来るのはありえないが、突然幽霊が出てきたかのように、ポッとその存在を現したのだ。
「実に素晴らしい。素晴らしい物を魅せてもらったよ。圧倒的な力とその冷静な佇まい…私は君を気に入った」
 パチパチと拍手をする音が耳に入る。後ろを勢いよく振り向けば、さっき男たちを殺した位置に背の低い一人の男が立っていた。見たところ40代から50代くらいだろう。この男はどこから出てきたのだろう。この路地裏には横道はないし、バーの裏口が開いた気配もなかった。道の反対側から来たとしても、ノクターンが絶対に気がついていたはずだ。
「おっと、そんなに警戒しなくても私は君を攻撃したりしないよ。フラッとここに誘われてね、足を運んでみたら君が居たんだ。大きく真っ黒な君のスタンドと一緒にね」
 男は何も言わない僕に落ち着いた声で言うと、僕と隣にいるノクターンに指を指した。
「……見えるんですか?」
「君のスタンドの事だろ? それは同じスタンド使いにしか見えないからね。私には見えるさ……同じだもの」
 確かに、この15年間でノクターンを見える人に出会ったことはなかった。両親、いとこや親戚、学校でも街の中でも誰も僕のノクターンを見たり目で追う人はいなかった。これがスタンドという存在なのか。この男は僕の知らない情報を知っている。警戒はしているが、ほんの少しだけこの男に興味を持った。
「貴方や僕の他に、スタンドを持つ人がいるんですか?」
「あぁ、うちの組織にはまだ少ないがいるんだよ。だからね、君をスカウトしようと思って」
 組織?その単語を聞いた途端いいイメージはしなかった。たださえ人を殺している所を見て動揺をしないなんて、そっちの方の組織に決まっている。
「ギャング」
「正解。私は『パッショーネ』の幹部をやっているバジリコだ。フフっ、いい匂いがしそうな名前だろ? ……君が良ければ、うちの組織に入らないか? 組織に入れば人を殺す仕事もあるし、さっきのように食事にありつけてお金まで貰える。いい話しだと思わないか?」
 君さえ良ければとか言いつつ、自分の名前を言っている時点でNonとは言わせないつもりじゃないか。
 ギャング事情にあまり詳しくなくても最近勢力を増している『パッショーネ』の名前は、お客さん達がコソコソと話をしているのを聞いて知っていた。
「うちの組織でしてはいけない事は『ボスの正体を探る事』、『組織や仲間を裏切る事』、『組織の麻薬に手を出さない事』だ。それ以外は実績があれば、大抵は目を瞑ってくれる。悪くないだろ?」
 男は黙る僕に追い打ちをかけるように、情報を晒し出す。
「……人を殺してもいいんですか?」
「そういう言われる汚れ仕事は勿論ある。そして報酬もでる」
 ――まるでタイミングを狙っていたかのように、空に浮かぶ分厚い雲が流れ、隠れていた月がポッカリと顔を覗かせると、暗い路地裏に月明かりが灯った。
 僕は深く被っていた帽子を取り、顔を晒すと男は少し驚いた表情をした。肌が殆ど見えない服装だったし、顔を隠していたのでまさか東洋人だとは思わなかったのだろう。 
「霧坂……いや、凜・霧坂です。よろしくお願いします」
 自己紹介をした後、深々と頭を下げたのだった。

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