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鉄仮面越しの狂気

 ………………一体いつからだったのだろうか?
 厳重に鍵を掛け、部屋の明かりを消し、蛇口から水が一滴も落ちないように固く閉め、カーテンを隙間なく締め切っている。
 そんな生活感など皆無な部屋の隅っこで、私はまるで出口のない悩みの迷路で永遠と迷子になっていた。
 自分だけしか知らないこの空間にいるのにも関わらず、私の心中はとても穏やかではなかった。ただ一人の人間から、少しだけでも離れたくてわざわざ部屋を借りたのに、不安は解消できていない。
 一体いつからだったのだろうか。まずそれを解決するために、私は一呼吸をしてから考える。

 私はイタリアのギャングで、現在最大勢力を持つと言われている『パッショーネ』という組織の暗殺チームに所属している。
 男社会でもある中で女というだけでとやかく言ってくる輩は多いが、少なくてもうちのメンバーはそんなくだらない事で人を見ずに実力で見てくれる。そんな中でもリーダーであるリゾット・ネエロという男は、仕事もできるしあの癖のあるメンバーをまとめる器を持っていて、尊敬に値する私の上司だ。
 最初は表情筋が全く動かさずに、じっと私を見つめてくるのが怖かった。だけど相変わらずのポーカフェイスだが、仕事をちゃんと完璧にすれば労いの言葉を掛けてくれるし、ちょっと疲れていたなって思っている時にそっと私の分まで珈琲を淹れてくれたりして、あぁこの人って結構優しいんだなぁって考えを改め直した。
 ……だけど、いつの日からか私の中でよくわからない違和感に気づき始めたのだ。しかしその違和感ってのが具体的にわからなかった。
 
 ある日、長年付き合っていた恋人と連絡がつかなくなってしまった。幾度となく電話やメールを送ってもさっぱり返ってこない。家にも行ったが、ずっと留守だ。
 きっと仕事で忙しくて、放ったらかしにしまいがちだったのが原因で、怒って見捨てられたんだなってしょんぼりしていると、何かを察したリーダーが珈琲と一緒にさりげない仕草で私の好きなチョコをくれた。
 
 TVのドラマで私が好きな俳優さんが出演していた。その時一緒に居たメローネに、私この俳優さん好きなんだよねー的な他愛のない事をキャッキャと雑談していたら、リーダーに呼び出されたので仕方がなくTVから離れた。話し合いに結構時間が掛かってしまって、戻ってきたらすでにドラマは終わっていた。
 残念だけどまた来週も観るかってその日は終わり、次の夜に私が好きだった俳優さんは何者かに殺害されたとニュースで騒がせていた。もう永遠にあの人の新しい出演作品を観ることはできないんだなって、寂しさで肩を落とした。
 
 シャンプーとボディーソープを変えた次の日。リーダーと顔を合わせた時、まず挨拶ではなく"シャンプーとボディーソープを変えたのか?"が一番最初に聞かれたことがあった。単純に鼻が効く人なんだなって呑気に凄いとその時は思った。
 でも、いつからだったかすれ違ったリーダーから私と同じ匂いがするようになっていた。
 ……今思い出した事は、ほんの一部だけだったかもしれない。どれもこれもごく自然な日常の一部だと思えるし、どこがスタートラインさえもわからない。そして今になって振り返ると、やっぱりおかしかったと思う部分もある。
 長年付き合っていた彼だって、仕事先を知らないわけではなかった。やっぱり連絡の1つも繋がらない事が心配で、私は彼の仕事先に足を運んだのだ。
 同じ職場の人に聞けば、真面目な彼にはありえない無断欠席が続き、何かあったのではと心配した同僚が家に向かったが、不在。家族などの身内にも連絡はなく、行方不明扱いにされていた。すでに警察に届けを出したが、その後の発展はなしだった。
 私の好きな俳優さんの殺害方法はとても奇抜だった。遺体は全身の内側から、何か鋭い突起物が皮膚を突き破っていたような状態だったらしい。そして遺体の周りには血がついた大量のカミソリがばらまかれていたと、報道していたのを私はぼんやり聞いていた事。
 リーダーから私と同じ匂いをしている事に気がついた時だってそうだ。すれ違った後、思わず振り返るとリーダーと目が合ったのだ。今思えばリーダーは私が振り返ると確証していたのだろう。"こっちのもなかなか良い匂いだな"と、目を細めて私に言っていた。
 その違和感はやっぱり所々姿を見せていた。気味の悪いほどわかりにくいだけで、ちゃんと角を出していた。そこに気が付きたくなくて、私は知らないフリをしていた。だって本当に気がついてしまった今、全身が震えこれからどうするかっていう思いに支配されている。
 更に記憶を探ってしまうと、やはりあの時のアレはそうだったんだなとか色んな事を思い出す。
 私の任務は、ほとんどリーダーと一緒だった。だけどそれはスタンド能力の相性とかの関係が良かったから、単純に組む機会が多くても不思議には思わなかった。でもそれは別にリーダーだけじゃない。他のメンバーのスタンド能力との組み合わせだって悪くないのだ。
 それなのに、私がリーダー以外のメンバーと組んだのは一人一回きりで、任務はリーダーと一緒か単独行動のみだった。
 リビングのソファーの席順もそうだ。暗黙の了解ではあるが、リーダーにはちゃんとリーダーが座る席があって、例えそこだけが空いていても誰も座る事はない。
 だけど、私の横が空いていると、必ずリーダーはそこに座ってくる。誰にも不自然に思われないように、さり気なくそこに居る。というか、そもそもリーダーが自分の場所に座らなくても誰も突っ込むことはできない。
 それに……あまり考えたくはないが、私だけしか知らない予定や出来事までも知っていた時もある。おまけに私の交友関係さえも。
 仕事休みの日にかつての知人と出会ったことも、あまり行った事のない店に行ったことも何故かリーダーは知っていた。まるで一日の最初から眠るまでの最後まで、ずっとずっと傍で見ていたんじゃないかって思ってしまうぐらいに。
 "男なんてみんな獣だ。友情関係なんて築けないぞ"。"トイレットペーパーは駅前のスーパーよりも、安い場所がある。今度一緒に行こう"等、私が偶然男友達と出会っていた時や駅前のスーパーで買い物をした次の日には、リーダーは会話の中で私しか知らない情報を匂わせた台詞を言ってくるのだ。
 
 私の酷い思い違いならどれだけ救われただろう。ラブラブな恋人関係ならまだしも、彼は私の尊敬しているただの上司なだけなのに。
 自分の行動をまるで監視行為され、私が好意を持つ人物はいつの間にかいなくなっていて、メンバーの誰かと話していると絶対いつの間にか会話に混ざっていて、更には無表情なくせに私を見てくる目はなんだかねっとりとしている。
 いつからそういう風に見られていたのだろう。一体私をどうしたいのだろう。これまでの事を考えても考えても、やっぱり明確な答えは見つからなかった。
 それどころか目を背けたかった現実を突きつけられた気分だ。……怖い。得体も知れない粘ついた負の感情が私を纏わりつく。リーダーもいっその事、はっきりと言ってくれればいいのに。だけど、はっきり聞いてしまったらどうなってしまうのだろう……。
 両膝を抱え込み、そのまま私は顔を埋めた。
 ……全部夢だったらただの悪夢で終わるのに。精神は疲れ切り、私はそのまま目を閉じて窮屈な体勢のまま眠りについた。
 

――ピンポーン。ピンポーン。……ピピピピッピンポーン
 時刻は深夜3時。突如鳴ったインターホンに、私は一気に目が醒め、心臓は大きく飛び跳ねた。思わず悲鳴を出しそうになったが、慌てて両手で口を覆い声を殺した。
 こんな時間に来訪し、ましてや執拗に何度もインターホンを鳴らすなど、常識を持つ者なら絶対にしないだろう。
 それでは一体誰が……いや、私の中で1人の人物は思い浮かんでいるが、身体の全てがそれを認めたくはないと拒絶している。もしその予想がドンピシャだったらと考えてしまうと、全身から嫌な汗が吹き出してくる。
 …………インターホンの音が止まった。耳から犯してくる恐怖はなくなったが、逆に今度は静寂が酷く恐ろしかった。諦めて帰ったのだろうか?
――ガチャ。ガチャガチャッ!
 私の安堵はすぐに消えた。厳重に閉めたはずの鍵が開く音、そしてドアを開けようとするのを太いチェーンが防ぐ音。数秒もしないうちに床に何かが落ちた音。
 ……聞きたくない。認めたくない。耳を塞ぎながら私は隠している身を更に縮めた。ギシリ、ギシリ……と床を踏みしめてくる音が微かに聞こえる。それは迷うことなく、私が閉じこもる部屋の前で止まった。
「名前? 寝ているのか?」
 ……あぁ、どうして。
「どうしたんだ? 帰りが遅くなったから拗ねているのか?」
 此処は誰にも教えていない。チームの皆にも悟られないように細心の注意を払っていたのにっ……!
「ここを開けてくれないか? 早く名前の顔を見たいんだ」
 どうして知っているの?私はここに居ないわよ。だから……お願い。帰ってくださいリーダー。
「仕方がないな。オレ達の家をこれ以上壊したくはないが……やっぱり一秒でも早く会いたいからな」
 薄いドアの向こう側から聞こえてくる声は、嫌でもよく知るあの人の声。腹に響く低い声に加えて、気味の悪い優しさと嫌な色気が混じった声調は、私の恐怖心を更に膨張させた。
 私の身体はカタカタと小刻みな震えが止まらない。鍵をこじ開けるような金属音が聞こえてくると、とうとう歯根まで震え始め、ずっと我慢していた涙を零した。
 立て付けの悪い扉が壊れたような音を立てると、リーダーの服が擦れる音が近づいてくる。まるで最初からそこにいると確信していたように、身を隠していた障害物を取り払った。
「………………」
 もう何も言葉に出すことはできなかった。自分の家に帰ってきたかのように挨拶をし、"泣くほど寂しかったのか?"と、ざらついた指で濡れた頬を撫でられる。そして返り血を浴びて血なまぐさいのに、遠慮もなく私を抱きしめてくる行為に、私の喉は窒息したかのように言葉を詰まらせた。
「そんなに震えるほど嬉しいか。……オレも同じ気持ちだ」
 まるで子供をあやすように背中を擦ってくるリーダーの顔は、今まで見たことがない恍惚とした良い笑顔だった。




 
あとがき

 マチカ様から頂いた『リゾットがお相手で・ポーカーフェイスでわかりにくい。・独占欲が強め(ヤンデレ可)・独白風』というリクエストから書かせていただきました。
 ヤンデレ可という事で、久しぶりにヤンデレ物にしました。夢主の独白(最後は台詞がありますが)で話を進めています。二人の関係はあくまでも上司と部下だったのにも関わらず、いつの間にか恋人でもないリゾットに歪な愛を向けられていたって感じですかね。
 これもまた長くなりそうなのでネタ帳に書こうと思います。なんというかヤンデレよりもホラー感が強い感じになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 マチカ様リクエストありがとうございました。今回もお楽しみいただけたら、光栄です。




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