の上をゆっくりした振動で、電車が行く。夕暮れ時。大きな窓からは赤い光が差し込んで、シンジの前髪に影をつける。
考えてみればそこはいつも電車だった。耳にイヤフォンをさしこんで、聞きたくもない音楽を頭に押し込み俯いている。無人の電車だった。一人しかいない車両で、シンジは現実と変わらずに俯いている。
どこからきたんだろう? いつこの電車に乗ったのだろう? なにもわからない。大事に抱えてきたものは全て忘れてしまった。
それでもこれは電車なのだから、シンジは目的地に着いたら降りなければならない。だけれどどこで? どの駅で降りていいのか、シンジにはとんと見当がつかない。
ドアの真上に埋め込まれた電光掲示板に駅名が流れていく。

「先生の家」「ミサトさんの家」「ネルフ」「第一中」「初号機」……
……「シェルター」「式波・アスカ・ラングレー」「鈴原トウジ」「相田ケンスケ」「葛城ミサト」……

次々に現れる名詞は、そのどれもがシンジには遠く感じられ、求めている場所ではないと思える。
電車は終電だった。降りてしまえば、次のものは来ない。

……「加持リョウジ」「赤木リツコ」「ATフィールド」「セントラルドグマ」
……「碇ユイ」
……「碇ゲンドウ」

ここだろうか、と思い立ち、シンジは席から腰をあげる。ドアのガラス部分に手を当て、景色を眺める。
ここだろうか。僕の求めている場所はここだろうか。
夕暮れはすでに終わりかけ、黒々とした夜空が地平線の裾まで迫っている。
シンジは降りる準備をする。ドアの前で足踏みをする。いつでもその駅に降り立てるよう、深呼吸をして心を落ち着かせる。
揺れる床。スピードが段々と落とされ、車両が駅へと滑り込む。

そうしてシンジはいつだって、足を磔にされたようにそこから動けないまま、無言でドア先の風景を眺めるばかりだ。
「扉が閉まりますので、駆け込み乗車はおやめ下さい」
目の前で扉が閉まっていく。うす暗い駅だった。女の人が何人かいてぼうっと誰かを待っていた。不安げな表情を黒い帽子で隠して、細い頤に髪の房をさらと揺らす。
僕もあの人たちみたいに。シンジは思う。
僕もあの人たちみたいに、いつか電車を降りなければならないのに。

……「ベタニアベース」「光」「巨人」「白き月」「黒き月」「世界」「セカンドインパクト」「リリス」「アダム」「リリン」……

「終点。終点は」
アナウンスに、シンジはあわてて顔を上げる。軋んだ音を立てて列車が止まり、自動ドアが空気音と共にひらいていく。その向こうに向かって駆けだした。そこが何の駅なのかもわからないまま。
その背中を学生服姿の少年が見つめていた。


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