に、勢いよく何かがぶつかった。エレベーターの扉が開いた先の出来事だったので、真正面から衝撃を受け止めたミサトは呻く。
「う、いったたた……」
「あいってて。あ、作戦部長さん」
ミサトの胸元で顔を上げたのはプラグスーツ姿のマリだった。ふらりと体を起こし、すぐに左肩を押さえて顔をしかめる様子にリツコが体を支える。
「どこいくの? そんなに慌てて」
「エヴァのケージ。聞いたでしょ、使徒襲来。そしたらエヴァの出番じゃん」
何をわかりきったことを、という風な顔で言うと、閉まりかけたエレベーターの扉の間に手をかけて止める。すぐに中に滑り込む背中にリツコが声をかけた。
「大丈夫? 第10使徒戦の傷、まだ治っていないようだけれど」
マリは意外そうな顔で振り返る。それからにっと笑顔をみせた。
「心配ありがと、赤木博士。またあとで」
「ええ」
今度こそ閉まっていくエレベーターの扉に背を向けて、二人ははルフの廊下を早足で歩きだす。不満げに胸をさするミサトの横顔にリツコは流し目を送る。
「あの子に伝えてないの? 作戦」
「だって、伝えない方がきちんと動いてくれそうじゃない。敵を騙すならまず味方からよ」
「まったく……女の嫉妬は醜いわよ、ミサト」
「な、どっこが嫉妬よ! あたしのどこが!」
「あら、自覚なくって?」
言い合う二人の前で空気式のドアがシュンと音を立てる。その向こうは第二発令所だった。いつのまにか人の増えた広いコンソールの中、オペレーター席のマヤが嬉しそうな顔をする。
「先輩!」
その声に、場の全員の視線が二人に集まった。ミサトは表情を引き締めてそれを見回す。どれも見慣れた顔ばかり。敬礼こそしないものの、いまにも軍隊式の点呼を始めそうな表情をしている。
ミサトはモニターの最前線へと向かい、リツコはその少し後ろで立ちどまる。赤いジャケットの前には戦時の制服が立ちふさがった。
「何をしているんです。あなたたちは部外者だ、勝手なことはなさらないよう」
「戦自とやり合ってる暇はないの。どいてちょうだい」
「この場の権限は私たち戦略自衛隊にあります」
「普段通りならね。非常事態においては一時的に指揮権を特務機関ネルフに委譲すると決議があったはず」
「しかし」
「ならあなたたちが使徒と戦うかしら? MAGIもろくにつかえない状況で」
緑のベレーの下、男たちの顔が赤くなった。それに背を向けたミサトはオペレーター席へと歩を進める。発令所のMAGIは警告文を点滅させ、ネルフ全域にはサイレンと日向のアナウンスがこだましている。
「……繰り返します。総員、第一種戦闘配置。非戦闘員はただちに避難し、以降の指示を待つこと」
文言を細かく繰り返すその背中に手をかけて、ミサトは完全な作戦部長の顔で言った。
「待たせたわね。日向君、状況は」
「あ、はい」
振り返った日向が目を見張り、にやっと笑う。
「MAGIの第87蛋白壁が劣化、発熱。分析パターン青、第11使途のものと考えられます」
「わかったわ。第三新東京市全体に緊急非常事態宣言発令!」
ミサトの一言でコンソールの空気が動きだす。台形に折れ曲がったかたちのオペレーター席から情報が飛び、電子音とタイピングの響きが波のように広がる。
「現在、シグマユニットAフロアに汚染警報発令」
「第6パイプにも異常発生!」
「MAGIの思考反応速度最大、一部制御不能です」
にわかに騒々しくなる発令所の隅で、リツコはミサトの背中を見つめる。すぐに自分も作戦に加わらなければならなくなるが、もう少しだけ親友の後ろ姿を見ていたかった。凛々しく引き締まり、発令所全体を纏め上げ檄を飛ばす横顔。ただし右手に握ったUCC缶が迫力を削いでいて、リツコは苦笑する。
それでも演技としてはこの上なく上出来だった。


“わざと使徒襲来していると見せかける”
ミサトが一晩で考えだした作戦はこうだった。
戦自に奪われていた指揮権を一時的に奪還し、職員を第二発令所に集結させる。戦自は一部を残し民間人扱いでシェルターに隔離。こうなれば籠城の用意は整ったも同然。
そこまでは考えているものの、最終的にどういう結果を導くのかはまだ考慮の途中だ。とにかく時間がない、やってみる、行動あるのみ。結局はいつもの葛城ミサト式の作戦だった。他にあてもなく、極秘経路を使って行った作戦会議、という名の深夜の長電話の中でリツコはしぶしぶその案を受け入れた。使うシナリオはいつかの戦闘訓練時に使用した『MAGIにナノマシンサイズの使徒が侵入、エヴァを使わず殲滅』という設定である。
「シグマユニットAフロアに汚染警報発令」
「蛋白壁の浸蝕部が増殖しています。爆発的スピードです!」
「第6パイプを緊急閉鎖!」
「はい!」
「60、38、39、閉鎖されました!」
「6の42に浸蝕発生!」
「だめです、浸蝕は壁伝いに進行しています!」
「ポリソーム、用意」
「レーザー、出力最大! 侵入と同時に、発射!」
「浸蝕部、6の58に到達、来ます!」
みんな結構役者よねー、とミサトは固い表情を崩さずに心の中で呟く。まるで使徒襲来時のシュミレーションはこの日のためにあったのではと思えるような完璧な連携だった。真剣な顔でコードを打ちこんでいるように見えるオペレーターたちは、その実リツコを中心として戦自と国連のコンピューターにハッキングをかけている。
他の部隊も、じりじりと動いていた。いつのまにか数を増やしたネルフ職員たちが、ミサト達の作業を監視するカーキ色の制服をさりげなく包囲している。もう数分もすれば、D級職員までが第二発令所に集まり、戦自に向かって総攻撃をしかけるだろう。
コンソールの中央では、オペレーター三人組がMAGIに鍵をかけている。
「3、2、1!」
「電源が切れません!」
「使徒、さらに侵入、メルキオールに接触しました!」
「だめです!使徒にのっとられます!」
「メルキオール、使徒にリプログラムされました!」
「人工知能、メルキオールより、自律自爆が提訴されました。否決、否決、否決、否決」
「今度は、メルキオールがバルタザールをハッキングしています」
「くそぉ、早い!」
「なんて計算速度だ」
「ロジックモードを変更!シンクロコードを15秒単位にして」
「了解!」
あの子たちもし失業しても劇団員になれるわね。ミサトは激しいやりとりを重ねるオペレーター席から退き、背中に隠したワルサーP38をこっそりと取り出す。近くには不満げに腕組をする戦自の幹部がいた。忌々しげな視線はリツコたちのやりとりに集められている。
現時点でのネルフの最高権力者として、引き金を引く覚悟はあった。やられる前に、やってやる。
息を詰めるミサトは、ネルフ技術陣の異変にはまだ気づいていない。



「……妙です」
最初に呟いたのはマヤだった。戦闘訓練と同じ手順で報告とその傍らのハッキングを続けながら、リツコにしか聴こえない声をだす。
「MAGIの反応が鈍いんです。ただのintのCを使った簡単な割り込み命令が承認まで3ステップ掛かってます」
「貸してみなさい」
「はい。あ、“使徒、パスワードを走査中、12桁、16桁、D-WORDクリア!”」
マヤが決められた台詞をこなす間に、リツコは画面を新しいものに組み替えていた。
「たしかにこれはおかしいわね」
「そうなんです。まるで、ここの制御卓以外に上位の命令系統をもっているような……」
「命令系統、まさか」
リツコは、白衣のポケットに手を伸ばす。その動作を日向マコトの本気の叫びが遮った。
「MAGI、制御不能!」
「なんですって!」
「保安部のパスワードが解かれています、侵入経路は不明、アクセスを許されていません」
「ここのコマンドが跳ねのけられると言うの」
「はい、あっ、保安部のメインバンクに侵入されました!」
「メインバンクを読んでます、解除できません!」
オペレーターを中心に発令所の動きが止まる。静まりかえる周囲に戦自の制服が身じろぎをした。
焦る気持ちをかかえたままリツコはポケットを探る。何も出てこない。指にあたるはずの、あのメモリ媒体がない。原因はすぐに思い当たった。
「マヤ、2号機のケージにパイロットがいるかどうか調べて!」
「あ、は、はい。2号機ケージ内無人です」
「あのパイロット!」
甲高い絶叫が周囲の空気をつんざく。
「どの位置からの攻撃なの!?」
「解析不能です、MAGIの制御拒絶されています!」
「うそ……」
当然だった。あのメモリには、接続さえできればどんな端末からもMAGIの操作ができるようなプログラムが入っている。乗っ取られた、という言葉がリツコの脳裏に浮かぶ。まさか、このネルフの頭脳と言うべきMAGIを。
母さん。
放心している暇はなかった。オペレーター席に備えつけの受話器をとった日向が眉を寄せ、リツコに向かって振り返る。
「米軍より入電です。軍事衛星の監視軌道上に未確認物体出現! 現在解析中ですが、おそらくは……」
「こ、このタイミングで、そんな」
リツコが、あ、まで言いかけて口をつぐむ。ネルフ内では、『赤木博士が口に出すと反対のことが起こる』、そんな嫌なジンクスになっているその言葉を、心の中で叫んだ。
ありえないわ。
「やっぱりねえ」
気付けば、赤いジャケットが隣に立っていた。数分前までは引き金を絞りかけていたワルサーは元の位置にしまい、気の抜けた顔でモニターを眺めている。
「どうも悪だくみってうまくいかないものなのよね。やっぱり正義の組織が嘘ついたらだめってことかしら?」
「ミサト」
「それになんとなく予感してたのよ。あたしの勘じゃ、大体こういう立てこんでる時に」
「解析結果出ました。パターン、青!」
再びサイレンが鳴る。
「……来るのよ」


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