眩しい陽光に色素の薄い髪が透けて見えた。
一瞬その輪郭が滲んだ気がして、また消えてしまう…と恐怖で咄嗟に総士の手首を掴む。
「一騎?」
名を呼ばれて我に返り曖昧な笑みを浮かべたけれど、無意識に掴んだままの総士の肌を、その存在を確かめる様に指先で撫でた。
何を今更怯える事があるんだろうか?
(総士はちゃんと此処にいるのに…)
(『何を今更、』の続き)
手首に絡んだ指先が微かに震えていて、一騎が何を思い何を恐れたのかが容易に窺い知れた。
申し訳なさと同時に、その心の深くに自分の存在が居座っている事実が総士に後ろ暗い喜びを与える。
何時だったか神様の様だと例えられたけれど、本当の自分なんて所詮こんなものだ。
(すまない一騎、神様なんていないんだ…)
(『神様なんていない』の続き)
掴まれたままの手首を引き寄せ抱き留める。
抵抗無く腕の中に収まった一騎は、浮かべていた曖昧な笑みを不意に切なく崩した。
一粒、頬を伝う雫。
何より綺麗なそれを総士はそっと唇で受け止める。
いつか失ってしまうなら、どうか最後は一つに混ざり合ってしまいたかった。
もう二度と分かたれ無くて済む様に…
「健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで愛し敬う事を誓いますか?」
悪戯に一騎は総士に問う。
「一つ訂正するなら誓っても良い。例え死んでも僕はお前を愛し続けるだろう、永遠に」
ブーケも指輪も誰からの祝福も無い、世界一儚くて幸福な結婚式。
反則だらけだと思う。
あの美しい顔が自分を求め欲に染まり、暴く指も名前を呼ぶ声ですら猛毒みたいにこの身を蝕む。
皆城総士と言う存在に支配される喜び。
ならば自分は一体彼に何を残せるだろうか?
熱に浮され無意識のまま、一騎は目の前にある彼の白い首筋へ噛み付いた。
まるでそこに自分を刻む様に。
(『反則だらけ』の続き)
噛み付くのは行為中の一騎の癖だ。
煽るだけでこりないやつだと思う反面、無意識の噛み癖が愛おしい。
黒髪を梳いて宥めれば、噛み付くのを止め溶けた鳶色の瞳と視線が絡む。
そしてのけ反る喉元へ唇を落すのは自分の癖。
首筋へのキスが執着を意味するのだと知っていて、総士は執拗に白い肌へと口づけた。
(『こりないやつ』の続き)
血が滲み痛々しい噛み傷を手当するのはもう何度目だろう?
「ごめん総士、痛むよな…」
「別にいつもの事だ問題無い。それに見た目だけなら僕よりお前の方が派手だ」
そう返され思わずおさえた首元には、自分では見えないが真っ赤な華が散っているのだろう。
「っ、お前、また…」
執着、所有の証、確信犯…。
口許を緩めて総士は微かに笑った。
「痕が残ったのはお互い様だ」
「総士のは絶対わざとだろ?」
「故意か無意識かの差については、いい加減諦めろ」
調理中背後から抱きしめてくる彼を一騎はいつもの様に好きにさせる。
距離感がおかしいと暉に揶揄され、そういえばこんな事いつから当たり前になったのか?と疑問に思う。
「反復した行動は無意識下でも馴染むものだ」
そう答えた総士に、クロッシング状態だった二年の間の行いを、詳しく問う必要があると思った。
「総士、約束」
そう言われ差し出された小指に自分のそれを絡めると、彼は柔らかな声音で口ずさむ。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本…」
そこで詞が途切れた。
「一騎?」
「…嘘ついたら、針千本総士の代わりに俺が飲む」
あまりに穏やかな顔で言われたけれど、この些細な約束を決して自分は違えないだろう。
(総士Ver)
一騎を抱きしめて寝たはずが、何故かフワフワの毛玉にじゃれつかれている。
「何処から入ってきたんだ…」
真顔で覗き込み見慣れた鳶色の瞳にとある可能性が過ぎる。
「もしかして一騎…なのか?」
「にゃー」
名を呼ぶと嬉しそうに目を細め猫は擦り寄ってきた。
この無防備さは間違いない…
朝目覚めると一騎がネコになっていた。