廃園に花束を


夜の静寂が蜃気楼のように揺れる。

静かな闇に混じり始める不協和音。

もう間もなく聖戦が始まろうとしていた。

こぼした溜め息はどんな意味を持っていただろう。

当たり前の未来を預言してしまったことだろうか。

正確に言うならば、まだ未来は確定していない。

人間の動き次第で簡単に覆る。

けれど、杏樹が見た未来は、ほぼ決まったようなものだろう。

『彼』が神の遺産を手にする。

間違いない未来に嘆息し、杏樹は目的地へ足を進めた。



***



「皐、少し、いい?」

「……何だ?」


今の彼はどちらの彼だろう。

返事をしてくれているのだから『本当の彼』だろうか。

どちらかなんて結局は関係ないんだろうなと思いながら歩み進める。

二人の距離はヒト二人分。


「桃ちゃんは一緒じゃないのね」

「アイツには一つ仕事を頼んだ」


皐の為ならば、にこりと笑って火の中水の中戦場の中地獄の果てだって、どこにでも飛び込んでいくだろう。

愛らしい容姿とは正反対な逞しさは彼女の魅力だと思った。


「時間は十分にあるはずだ。話したいことがあるんだろう?」


桃瀬を含め、人払いをしていたのかと、彼の準備の良さに笑ってしまった。

自分の為に時間を作ってくれたことに感謝し、杏樹は言葉を紡ぎ出す。


「私は聖戦の間、中立でなければならない」


最初に断ったのは、神につけられた首輪のことだった。

首輪というより呪いの楔と言う方が正しいかもしれない。

杏樹の命は神の手の中にある。

この瞬間だって余計なことをしないようにと監視されている。

正確に言うならば『神』ではないのだけれど、この際そこは重要ではないだろう。


「中立、とはよく言ったものだ」

「……何?」

「自覚がないのか。杏樹、決めているのだろう。傾く天秤の行き先を」

「皐、頭が良すぎるのも考え物だよ? 考えすぎだってば。私がそんなことできるはずないじゃない」


返事は大きな溜め息だった。

整った顔には少し似合わない演技染みた溜め息だった。


「本当よ。……私好みの結末へ導こうとしたって無駄だったんだから」

「なるほど。試したのか」

「……やられた」


頭を押さえて肩を落とす。

言わなくていいことを口走ってしまった。

この程度なら、消されたりはしないだろう……と信じたい。


「皐」

「……」

「皐?」

「杏樹が望んだ未来に、存在することを許されていたら、良かったのに。そう思っただけだ」

「皐、何言って……」

「気づいているだろう。続が神になった方がいいと」


否定の言葉ならいくらでも口にできる。

けれど、皐はそれを信じないだろう。

だから何も言わない。


「杏樹、もう行った方がいい」

「そう。それじゃ、次の聖戦で会いましょう。神候補の堕天使さん」



廃園に花束を



title:icy



(2018/03/14)


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