ベルベット




【ベルベット】

「はあ……」


大袈裟な溜め息と共に、ベルベットは包帯を巻きつけた左手を額にやった。

オプションで頭を左右に振った。

呆れて物も言えない、そんな空気を吐き出されたところで、彼には何の効果も無い。

今手に持っている分厚い本を塔の一番上に乗せ、新たな本に手を伸ばしている。


「どれだけ部屋を散らかせば気が済むのか、五分程度で説明してくれる?」

「ああ、ベルベット。来ていたのなら、早く声をかけてくれたら良かったのに」

「呆れて物が言えなかったのよ」

「呆れ……?」


心底解らないと訴えるものだから、思わず溜め息の重ね塗りをしてしまった。

彼の傍に歩み寄り、腰を下ろす。


「この状況を見て、何も思わないの? あんた、いつ掃除したか知ってる? 二日前よ? よくこんなに散らかせるものね」


彼女の言葉通り自分の周囲を見回した。

散らかすというほども散らかっていない。

少し本を積んでいる程度だ。

喰魔について調べていた。

それは時も食事も忘れる程に没頭して。


「そっか。この前、ベルベットが綺麗に掃除してくれたんだよな。ありがとう、助かったよ」

「そうじゃなくて。いつ誰が二日前の礼をしろって言ったの!」

「この前言ってなかった気がしたから。せっかく来てくれたんだし、お茶の一杯くらい……」


急に立ち上がれば、身体がふらついた。

そうだ、食事をまともに摂っていなかった。


「どうせ、何も食べていないんでしょ。ご飯用意してくるから、本棚に片づけておいて。後、テーブルの上の紙もね」

「ありがとう」

「あんたが一人じゃ生きて行けないような人間だから、仕方なく面倒みているだけよ」

「ありがとう」


二回目の謝礼の言葉を背にベルベットは部屋を出て行った。

彼女が帰ってくるまでに片づけなければ……と室内を見渡し溜め息をついた。

思いの外散らかっているかもしれない。

不要な資料を本棚に並べ、読めやしない暗号の様な文字が並ぶメモはゴミ箱へ放り込む。

適当に片づけたと怒られるかもしれないが、取り敢えず食事のスペースは確保できた。

満足げに頷いた彼の頭に重い一撃。


「それであたしが許すと思ってるの?」

「ベルベットのご飯、早く食べたい」

「はあ。あんたは子どもと大人の切り替えが早い」

「ん?」

「何でもない」


胃に負担を掛けないようにと作ってくれたベルベットの手料理は絶品だった。

味見ができないと言っていたけれど、その必要が無いくらいには絶妙な味付けだった。

今は焼き菓子とお茶でティータイムだ。

ベルベットも強制的に座らされている。


「あたし、あんたのお母さんじゃないんだけど」

「知ってる。ベルベットはお母さんじゃなくて、奥さんになって欲しいから」


数日は続きそうな重いゲンコツを頂いてしまった。



2017/05/01



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