パスカル




猫のようにまるくなって寝ている彼女の傍に腰を下ろす。

まるで本物の猫のように、傍の気配に反応した。

ぐずるように身体を動かし、それから定位置を見つけたとでも言うように、彼に身体を寄せた。

気持ちよさそうな寝顔と心地よい寝息。

すっかり眠り込んでいる天才技術者様の頭に手をやる。

最近は風呂に入っていると大きな声で当たり前のことを言う通り、ふわふわの気持ちいい指通りだった。

何度か撫でているとパスカルはようやく目を覚ました。

焦点の定まらない瞳が彼に向けられる。

大きな欠伸を隠しもせず、それからふにゃりと子供のように無邪気に笑って見せた。


「おはよう、パスカル」

「おはよ……」


まだ寝惚けているようでもう一度大きな欠伸をして、そのまま瞼が――。


「パスカル!」

「何―?」


無理やり起こすのは難しいらしい。

何度か同じことを繰り返し悟った。

彼女の姉に様子を見に行ってくれと脅さ――頼まれ、こうして訪れている。

元来の性格上、彼にお守りは向かない。

彼女を起こさなければならない理由も無いし、様子を見に行けという任務も完了した。

となると……。


「帰るか」


立ち上がろうとしたのだが、上着の裾を思い切り掴まれていたようで、身体が変な動きをした。

誰にも見られなくて良かったと思うくらいには、格好悪い動きだった。


「パスカル、放せ」


何と強い力なんだと呆れるくらいには強く握られている。

服に皺ができる。

無駄な体力を使うのも面倒だ。

仕方なく再び腰を下ろし、そのままうとうとと船をこぎ始める。

昨夜は夜更かしした上、今朝は叩き起こされた。

少しくらい眠っても大丈夫だろうと誰かに言い訳一つして、静かに眠りに落ちた。



***



「起きろー!」


鼓膜を破る気かと問い詰めたくなるほどの大声。

それから、頭への断続的な攻撃。

おそらくはクッションか枕だろうが、ポカポカと殴られて気持ちのいいものではない。

重い瞼を押し上げ、現実を整理する。

彼は今寝転がっている。

視線の先には天井が見えた。

自分の腹部に跨るのは、パスカル。

彼女の手にはくたびれたクッション一つ。


「ようやく起きた。勝手に人ん家上がり込んで熟睡って何? あたしじゃなかったら、通報されてるよ」

「……」

「何? なるほど、このあたしが」

「重い、どけろ」

「酷い。優しさのブランケットが目に入らないの?」


パスカルが言うように彼にはブランケットがかけられていた。

その上にパスカルが乗っているわけだけれど。


「重い」

「二回も言うな、むきー」


先程とは違って完全に起きている様だ。

長居する理由もなく、立ち去ろうとすれば腕を掴まれた。


「せっかく一緒にいるんだから、ご飯食べに行こう!」

「嫌だ」

「何で? お腹空いてるでしょ? 今日は特別におごってあげても」

「断る。家で食べる方が楽だ」

「じゃあ、一緒に行く。何をご馳走してくれるの?」


何故一緒に食べることは確定しているのだろう。

一人の時間を邪魔しないでほしいのだが、彼の家に行く気満々なパスカルには伝わらないだろう。

溜め息一つ二つ。

大きなお子様の子守かとちょっとだけ憂鬱になった。

その口元を見る限り、憂鬱だけではなさそうだけれど。



2017/02/01



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