私はあなたのチョコが欲しいのです
鳴海歩という人物について、どれくらい知っているだろう。
『天使の指先』と呼ばれるほどのピアノの腕前を持ち、警視庁の名探偵と呼ばれた兄を持ち、月臣学園の名探偵と呼ばれ、家事全般を華麗にこなし、様々な知識も豊富。
愛想はあまりいい方じゃないけれど、完璧な男子高校生じゃないかと思う。
まあ、完璧とはつまらない存在だけれど、彼は違った。
自分は不幸だとオーラを出しながら、クラスメートたちに壁を作り、その癖困っている人には手を貸す。
それは、自分の大切な人を傷つけようとも。
***
「鳴海」
彼の苗字を呼べば、ゆっくり振り返った。
憂鬱気な瞳は気にしない。
彼はいつもああいう感じだ。
「何だ? 急ぐから、用件は手短に頼む」
「急ぐような用事ないよね? ちなみにこれは、ひよの先輩情報」
「……」
舌打ちしたげな顔をした。
歩はわりと表情豊かなのかもしれない。
そう思うと嬉しい。
満面の笑みなんて、一生かかっても見られないだろうけど、それはそれで構わない。
不機嫌な顔、不満そうな顔、逃げたくて逃げられない諦めた顔。
「私、鳴海のこと結構好きかもしれない」
「そりゃ、どうも。じゃ」
「いやいやいや。今のそういう流れじゃないよね?」
「告白でもないんだろ?」
「まあ、うん、そう……だけど……」
愛の告白なんて呼べるほどの甘酸っぱい感情はそこになかった。
けれど、好きだという言葉に嘘はない。
人の好意はもっと大切に受け取るべきだと思う。
「チョコレート、ちょうだい」
突然、用件でもあるその言葉をストレートに放ってみた。
自分に素直になるのが一番だ。
差し出した右手を歩は凝視した。
そして、溜め息をこぼした。
様になるイケメンめ、と心の中で吐き捨てる。
「チョコレート。今日がバレンタインだって知ってるよね?」
「……知っている。知っているけど、普通は逆じゃないのか?」
「え? 鳴海、私からチョコレート欲しかったの?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味? 詳しく知りたいなあ」
「アイツみたいな顔はやめろ」
アイツというのは、結崎ひよののことだろう。
別に面白がったり、知的好奇心を満たすためではないのに。
「鳴海から、手作りの愛情たっぷりチョコレートが欲しい」
「さっきより何か増えてるぞ」
「ただのオプションだよ。気にしないで」
「……家まで来たら、冷蔵庫に昨日作ったのが入ってるけど」
「じゃあ、鳴海ん家に行く!」
「簡単に決めるなよ」
「何か問題ある? 鳴海はお義姉さんに片思い中なんだしね?」
歩の溜め息と何か言いたげな表情は知らなかったことにした。
(だから、私の恋心も羽根より軽い存在でいいよ)
2016/04/06