甘い甘い甘い!




身体がだるくて、動きたくない。

幼馴染みの布団を占領したままゴロゴロ。

何て幸せな時間なのだろうと思う。

大好きな彼の匂いに包まれて、そのまま夢の世界へ堕ちていきたい。

うとうとと意識が睡魔に掴まれる。

このまま寝てしまうのも幸せな休日で悪くない。

おやすみなさいと声にならない呟きを残し――。


「こら、何してるの?」


優しいゲンコツがポカリと頭に乗せられる。


「まこと?」

「はい、正解。というか、勉強しに来たんじゃなかったっけ?」

「現実逃避中。探さないでください」

「探すよ。ほら、起き上がって」


真琴の手を借りて、甘すぎる布団の誘惑から逃れた。

そうすることで少し頭がしっかりしてきた。

今なら勉強に集中することもそう難しいことではない。

真琴の力は偉大だと一人頷いた。


「何か飲む?」

「飲むー」

「リクエストは?」

「マスターのおススメで」

「はいはい」


クスクスと笑いながら、真琴は部屋の戸を閉めた。

何と言わなかったけれど、彼にはきちんと伝わっているはずだ。

それなりの付き合いをしているのだから。

戻ってくるまでに少しでも勉強しておくべきだろう。

数学の問題集を広げ、問い1の文章を読み始めた。


「真面目に勉強してるんだ。えらいえらい。ほら」


ホットチョコレートが差し出された。

立ち上る湯気が甘い。

心をぎゅっと掴まれたような気がする。


「いただきます」

「いつもより気持ち甘めだけど、どうかな?」

「……美味しい」

「良かった。君の様子見てみると、疲れているみたいだったから」

「さすが真琴。ちょっとね、悩んでるの」

「悩み? 進路のこと?」


その問いかけに頭を振って否定する。

確かに勉強で行き詰ったり、将来の姿が見えなくて不安になることもあるけれど、彼女の悩みはそれではない。


「じゃあ――」

「真琴には内緒」

「え?」

「私一人で考えなければならないこと、だから。こうやってサポートしてもらえるだけで十分嬉しいよ」


ちょっと寂しそうな顔をした真琴が頑張れと応援の言葉をくれる。

それだけで百人力だ。


「ねえ、真琴」

「ん?」


勇気を出して頬に口づけ一つ。

真琴は凍り付いたようにリアクションがなかった。

それが彼女を更に熱くさせた。

恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

人体発火事件……などと馬鹿げたことを考えていると、真琴が深いため息をついた。


「ま、真琴? ごめんね? そんなに嫌だとは思わず……」

「違うよ。嫌じゃない。むしろ、その逆……」

「逆? 嬉しかった?」

「それもそうだけど、ちょっと違うかな?」


彼の言葉がよくわからない。

首を傾げる。


「今日ってハロウィンだよね?」

「うん。トリックオアトリート、だよね?」

「君に言ってみてもいいかな」


照れくさそうに真琴がそう言う。

許可なんて要らないのにと思いながら、頷いた。


「トリックオアトリート……。できれば、君希望で」

「……はい? え? 何の話?」


本当にわからないわけではないけれど、逃げたくてそんな言葉を口走る。

と同時に立ち上がった。


「タイム。お菓子買ってくる!」


結局逃げ出してしまった彼女の後姿を眺め、真琴はため息をついた。



2015/10/30



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