こんな日は魔法使いもはしゃぎます




いつもより寝坊してしまった休日。

仕事が休みなのは嬉しい。

特に予定をたてていたりしないのだが、のんびりぶらぶらするのもたまにはいいだろう。

惰眠を貪りたい、それが本音。

ほんの少しの自嘲を含み、部屋を出た。

取り敢えずは朝食をと思ったのだが……。


「見て!」


目の前の少女は彼の前で華麗に一回転して見せた。


「……?」

「エルの格好見て、何も思わないの!?」

「何……? 黒すぎないか?」

「……」


幼い少女は盛大な溜め息を吐き出した。

やけに大人ぶった仕草でやれやれと頭を左右に振った。

何を期待されていたのか理解できず、首を傾げた。

女の子の服装を褒めたりするのは苦手だった。


「ちょっとしゃがんで」


意味は分からなかったけれど、素直に行動に移す。

直後にぽかんと痛みの少ないゲンコツを一つもらった。


「……エル?」

「他に言うことあるでしょ? そんなだから、モテナイって言われるんだよ」


幼い少女の一言は意外と破壊力があったりする。


「仕方ない。今日は何の日でしょうか?」


人差し指を目の前に立てられた。

その指をじっと見つめた後で視線を上に移す。

一通り記憶を覗いてみたが、何の日なのかわからなかった。


「ハロウィンって知ってる?」

「ハロウィン?」

「知らないの? キョーヨーがないね」

「悪かったな。で、それは何なんだよ。何かしないとダメなのか?」

「もちろん。特別にエルが教えてあげるね」


ルドガー辺りに聞いたであろう説明文をつっかえながら教えてくれた。

本当に初めて聞いたと何度も大きく頷く。

その反応が嬉しかったのだろう。

エルのご機嫌は急上昇していた。


「で、お菓子をもらいに行くのが目的か」

「エルはそんなに子どもじゃないけど、お菓子をもらってあげるのも悪くないかなって」

「そうだな。エルがもらってくれたら、きっとみんな喜ぶよ」


彼女のためにとお菓子を用意しているであろう仲間たちの姿がはっきり浮かんだ。


「だよね。というわけで、一緒に行こう。特別に連れて行ってあげる」


エルが何を言っているのか理解できなかった。

難しい論文のようだった。


「いや、色々おかしいだろう。俺、この年だぞ? 子どもはだいぶ昔に卒業したし」

「わかった。おんなじ格好すればいいんだ」

「は? いや、痛いだろ」

「いい素材使ってるから、着心地はバツグンだよ。エルがホショーする」

「そういう意味じゃなくて……」


エルと何歳違うと思っているのだ。

いい年齢の男が可愛らしい少女とお揃いの格好って……。

彼の言い分なんてエルが聞き入れてくれるはずもなく、数分後には同じように漆黒を纏っていた。


「魔法使いか……」

「どんな魔法使いたい?」

「どんな……?」

「そう。動物に変身する魔法、とか。大好きな人の心を覗く魔法、とか」

「んー……。エルが大人になったら教えられるようなもの」

「何それ」


特に何かを望まなくても、彼は現状に満足していた。

十分幸せだった。


「エルに続けー!」


彼女に付き合うのも仕事の一つなのかもしれない。

そんな言い訳しなくてもいいのに、脳内で誰かに告げる。


「おー!」


バカみたいに元気よく右手を上げて走り出した。



2015/10/28



|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -