浴槽の金魚
もがくように泳ぐ自分の姿はなんて滑稽なのだろうと他人事のように思う。
綺麗に泳ぐことなんて、何度生まれ変わっても無理なんじゃないかと思わされる。
それは身近に泳ぐ姿が呼吸するように当たり前な青年がいるからだと推測できた。
つまり、コンプレックスの一因を作っているのは、幼馴染の青年ということになる。
何となく胸の奥がモヤっとした。
唇を突き出して不満を表していることに気がついた。
こんな可愛げのない自分になりたくない。
突き出した唇を引っ込める。
それから、彼のいるところへ向かった。
***
「ハル」
「ん? 何だ?」
名前を呼べば彼は雑誌から顔を上げた。
その雑誌というのも、一般の男子高校生が愛読する物とは程遠く思える物。
けれど、それが遙らしいから特に文句を言ったりはしない。
「好きだよ」
照れから声量が落ちたが、彼にはきちんと届いただろう。
綺麗な瞳が大きく見開かれているのだから。
「……ハル?」
「すまない。杏樹がそんな風に言葉をくれることが少ないから、その……。驚いた」
「驚いただけ?」
「……」
ぷいっと顔を逸らされてしまった。
わりと可愛い仕草で若干イラッとしたのは内緒にしておこう。
「遙、好き」
腕に抱きついて、耳元でそう囁く。
きっと顔は赤く染まっているだろうと鏡を見ているようにはっきりわかった。
恥ずかしい、照れ臭い、でも伝えたい。
そう、今日は彼に対する自分の気持ちを伝えたい日だった。
一年に一度あるかないかの貴重な日。
「杏樹」
ため息混じりにこぼれた名前。
そんなにも嫌だったのだろうかと不安を覚えつつ首を傾げた。
「ハル――」
言葉は彼に飲み込まれてしまった。
不格好な呼吸が溺れていくみたいに見えて、遙の胸を強く押した。
分かり易い拒絶に遙は不満を見せる。
「ごめん。私、カッコ悪いの嫌い」
「俺のどこが悪いんだ」
「ハルじゃなくて、私のこと」
「杏樹のこと? 杏樹のどこがカッコ悪いんだ? カッコいいと言うより、可愛いと言う方が正しいが……」
「真顔で言わないで」
遙は本当に解らないと言うように首を傾げた。
普通に可愛いと言われて嬉しくないはずがない。
頬の温度が急上昇している。
顔には出ていないかもしれないけれど、触れられたらバレ――。
「ちょっと、熱い」
手の甲でそっと触られた。
その仕草にまた温度が上がる。
走って逃げだしたい、なんて思ってしまう。
「俺のせい、か?」
「そ、そんなことないよ?」
声が裏返ってしまった。
こんなバレバレの態度が恥ずかしい。
どう逃げようか考えている杏樹の腰をそっと抱き、そのまま寄せた。
「ちょっ、ハル!?」
「可愛い杏樹が悪い。ずっと閉じ込めたくなる」
「何そのちょっと怖い発言」
「怖い? 俺はずっと杏樹と一緒にいたいだけだ。貴重な可愛い杏樹を逃さない為に」
「好きくらいなら、たまに言うよ?」
「次の段階が欲しい」
逃げ道を断ったのは、きっと自分だ。
たまに可愛げを見せたらこうなる。
ちょっとわかっていたことだけれど、何とも言えない気持ちになるのは何故だろう。
「愛してるよ、遙」
浴槽の金魚title:icy
(2016/05/16)