消えないでね


空気が重い。

息苦しい。

喉が渇く。

血が欲しいのだと脳が叫び出す。

飼い慣らせるような『本能』じゃない。

手当たり次第首元に噛みついてしまいそうになる欲求を必死に抑えながら、体を引きずるように歩いていた。

荒い呼吸をようやく治めることができた。

嫌な汗が伝い、それは最悪な未来の形を暗示しているようで吐き気を抑えることが難しかった。

いっそこのまま消えてしまいたいと思ってしまったこともある。

けれど、やり残したことがあるから終われない。

自分で決めたことは貫き通す。


「ミカエラ?」


掠れた声が名前を呼ぶ。

そっと重い視線を上げる。


「アンジェ……」

「大丈夫? 顔色悪いけど、アレ不足?」

「……いや。アンジェはどうしてここにいるんだ?」


自称・元は人間だと言う吸血鬼の少女は、ミカエラの傍に腰を下ろす。


「私って我が儘な人間なんだよね」

「……吸血鬼」

「……そうでした」


わざわざ訂正しなくてもいいと思いつつ、口は勝手に動いていた。

口をへの字にして下唇を突き出す。

彼女なりの抗議だ。

それを見ないふりして、話の続きを促す。


「人間と吸血鬼と一緒に平等に暮らせる世界を作れないかな」


何を馬鹿げたことを言い出すんだ。

それが最初に浮かんだ言葉だった。

彼女も血液不足で、脳が活動していないのだろうか。

そうに違いない。

それ以外有り得ない。


「……血、もらってきたら?」

「いきなり何?」

「常識が欠落してる。脳が栄養不足」

「全然そんなことないけど」

「自覚ないってかなり重症だろ?」


アンジェは本当にわかっていないようで、不思議そうにビー玉のような瞳をぱちくり動かした。

それからゆっくり首を傾げた。


「アンジェ」

「はい」


頬をきゅっと引っ張る。


「にゃにしゅるにょ」

「目、覚めた?」

「眠ってないし!」


ハア……と彼女は深い溜め息を吐いた。

それから、真剣な瞳をミカエラにぶつけた。


「ねえ、ミカエラ。消えたりしないでね?」

「消える? 何を馬鹿げたこと……」

「そう、馬鹿げたこと。だから、消えようだとか消えたいだとか考えないでよ?」

「……」

「私は、ミカエラの未来が見たい。こんな体だから、きっと見ることができるよ」


彼女が見たいと思ってくれる未来の姿と、本当に迎える未来はどれほど違うのだろう。

絶望してしまうのではないかと僅かに(それは砂の粒ほどの僅かさなのだが)、心に異物を落とす。


「アンジェ」

「何?」


華奢な手首をぎゅっと引き、その体を引き寄せる。

驚いた小さな悲鳴を左耳で受け止める。

誰かの体温に頼るなんて、余程心が参っているのだろうか。

それでもいい。

彼女は確かにミカエラを癒しているのだから。



消えないでね



title:icy



(2016/04/25)


| 目次 |
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -