大人(仮)の諸事情


キラキラ光る青空の下、杏樹は大きめの鞄を手に妖館の入り口に立っていた。

とある人物に会いに来たはいいが、緊張のあまりここで足踏み状態だ。

緊張することなど何もない。

敢えて言うならば、少し久しぶりなだけだ。

久しぶりだと声をかけるだけでいい。

何をこんなに……。


「ひゃあ!」


いきなり扉が開いて、間抜けな声が出た。


「何をそんなに驚いているのかなぁ?」


現れたのは杏樹が会いに来た人物。

早速目的が果たせた。

……ではなく。


「残夏、どうしてここに?」

「さて、何故でしょう?」


問題を出すように人差し指をぴょんと立てる。


「百目なんて滅べばいい」

「そんな怖いこと言わないでよ。ボクは……が好きだよ」


わざと口パクにした部分は、杏樹が嫌いな言葉でもあった。

聞きたくない杏樹を気遣ってか、いや気遣うならそもそもそんな言葉は口にしない。


「残夏。やっぱり滅べ!」


杏樹が持ち出したのは、中華包丁だった。

綺麗に磨き上げられたソレを迷うことなく夏目に向けた。

太陽の光を目映く反射するソレを見ても、夏目は眩しそうに瞳を細めただけ。


「今日はソレ? あ、違うか。今日“も”ソレ?」

「……視えてるんだ」

「さあ?」


ふふふと意味ありげな笑い声を漏らすだけ。

視えていようが、視えていなかろうが、関係ない。

呼吸を落ち着けて、杏樹は振り上げた刃物を真っ直ぐに下す。

わかっていたことだけれど、夏目はそれを軽々と避けた。

もっと速く、もっと鋭く。

狙うのはただ一点。

それなのに、鋭い閃光は一度たりとも彼に届かなかった。

やがて杏樹の息が切れ始める。


「そろそろ終わりにしない?」

「ま、だまだ!」

「んー……、ちょっと意味ないことだと思うよ?」

「そんなのっ、自分がっ、一番、わかってる!」


泣きそうに声が震えてしまったことが悔やまれる。

それを誤魔化すためにもう一度大きくソレを大きく振るった。

さらりと躱され、右手首を掴まれた。

強い力ではない。

けれど、中華包丁は杏樹の手を離れ、地面に転がった。

やけに耳につく音だった。


「はい。もうやめよう?」

「……うん。それが賢明だね」


妖館の中庭、綺麗に手入れされたその場所で呼吸を整える。

ちょうど一人分ほどの距離をおいて二人はベンチに座っていた。


「残夏、久しぶり」

「うん。久しぶりだね、杏樹ちゃん」


今更な会話を間に挟む。

そうして空気の流れを変えた。


彼に向けて刃物を振り回していた彼女の激情はすっかり息を潜めていた。


「残夏、知ってる?」

「何だろ」

「……知ってるんでしょうね。それでも、聞いて欲しい。知らない顔して聞いて欲しい」

「杏樹ちゃんが望むなら」


読めない表情の夏目は、そっと目を細めて彼女の言葉を待つ。


「私は……私たちは、彼らの未来を守りたい。自分が他人の人生に干渉できるほどの存在だとは思わない。だけど、それでも……!」

「大人ってツラい生き物だよね」

「え?」

「ボクはいつだって杏樹ちゃんの味方だよ。迷わずに君の手で未来の扉を開けて」

「私でいいの?」

「君が開くって決めたんだ。だったら、ボクはそれを見守るだけ。まあ、実際見守るしかできないんだけどね」


夏目は戦闘に特化した先祖返りではない。

……杏樹と違って。

夏目が見守っていてくれるのなら、思い切り暴れることもできるだろう。

たとえ、命を落とすことになっても、彼は見届けてくれるだろう。


「ありがとう」

「お礼を言われるようなことじゃないよ?」

「それでも、ありがとう」


安心して戦える環境には、きっと感謝すべきなのだろうと思った。



大人(仮)の諸事情



title:OTOGIUNION



(2016/02/24)



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