君のかなしみを知ること
今日はやけに静かだと思った。
いつもはもっと賑やかな神託の盾騎士団本部。
稽古の音も息を潜めている。
一体何事なのだ。
任務帰りで一刻も早く休みたいディオは意識の端を睡魔に掴まれつつも、その異常とも呼べる雰囲気に辺りを視線で探った。
人の気配が少ない、というのが理由の一つでもあるのだろう。
何かあったのだろうか。
何者かの襲撃を受けた痕は見当たらないし、大きな作戦が行われる話も聞いていない。
だったら何故……。
疲労困憊な脳ではまともな考えすら浮かばない。
取り敢えず休んでから考えてもいいだろうか。
ディオに何か用事があれば、誰かが起こしに来てくれるだろう。
そう結論づけたディオは自室へ向かうことにした。
誰に見られるわけでもないのに、欠伸を押し殺しながら歩く。
疲れていると体全体で表現しているかのような歩き方だった。
不意に感じた人の気配に顔を上げる。
不満げな瞳とぶつかった。
「アリエッタ、待ってた、です」
ぎゅっと抱いた人形に顔を埋めながら、幼い容姿をした少女が言った。
一つ訂正するならば、幼いのは容姿だけでなく話し方や考え方もだ。
「待ってた? 何か急を要する任務でも入ったか?」
「違う、です。アリエッタが、ディオに会いたかった、だけ、です」
「俺に会いたかった?」
よくわからないことを言う少女だとディオは首を傾げる。
とにかく今は寝かせてくれたら嬉しい。
片手でごめんなと伝え、部屋に入ろうとする。
「待つ、です」
「……眠たいんだけど?」
袖を掴まれ、ディオはアリエッタに無意識の鋭い視線を向けた。
パッと彼女の手が彼から離れた。
さすがにそのまま部屋に入れず、ディオはため息をついた。
ソレがまた彼女を怖がらせてしまったようだが。
軽く下唇を噛み自分を叱る。
(俺に会うために待っていてくれたんだ。少しくらい……)
妹のような存在だからこそつい甘やかしてしまう部分もあるのだろう。
「アリエッタ」
名前を呼ぶだけで彼女は体を震わせる。
怒ったりしない。
殴ったりしない。
だから、怖がらないでほしい。
そう思う。
「アリエッタ」
かなり意識を集中して、柔らかい声音で彼女を呼ぶ。
アニス辺りが聞いていたら爆笑ものだろう。
「ディオ? 怒ってない、ですか?」
「怒ってない。悪かったな、ちょっと疲れてた」
アリエッタは頭が取れてしまうのではないかと心配するほど激しく頭を左右に振った。
「アリエッタも、ごめん、なさい……」
彼女が謝らなければならないことなんてない。
けれど、ディオはその言葉を素直に受け取った。
「ディオ」
「ほら、アリエッタ。おいで」
両手を広げて彼女を迎える。
自分が彼女の敬愛する導師様の代わりになれるなんて思わない。
それでも、仲間として彼女を支えたい気持ちに嘘はなかった。
アリエッタは足下に人形を落とし、ディオの胸に飛び込んだ。
小さく愛らしい体温を感じる。
生きている証だ。
「ディオ」
服をぎゅっと掴むアリエッタの手には随分力が込められている。
その気持ちを受け止めるように腕に少し力を込めた。
「アリエッタ、ありがとな」
誰もいない本部に若干の不安を感じたのは事実だ。
そんな中、アリエッタは待っていてくれた。
人気のないこの場所で待っていたのは不安で怖かっただろうに。
「ディオ、一人にしないで、ください」
「え?」
聞き間違いにも思えた言葉をアリエッタが繰り返すことはなかった。
君のかなしみを知ることtitle:icy
(2015/09/04)