マリアは足早に家への道を歩いていた。
特に急ぐ用事はない。
あえて言うならば、ヒューバートに会って話をしたい、だろうか。
それも急がなくて構わない。
いつの間にか走り出しそうになっていた自分を抑えるために立ち止まった。
わずかに呼吸が乱れており、マリアは一人苦笑する。
さすがに人が行き交う中で、声に出して笑うことなんてできない。
マリアはそっと足を踏み出した。
ゆっくり焦らず、呪文のように唱えながら。
彼の姿を見つけたのは偶然だった。
たまたま目を向けたビルの隙間。
たまたま意識が向いた細い路地。
その先に弟の姿を見つけた。
ヒューバートに会って話がしたいというマリアの願いは、家に着くことなく叶えられた。
「ヒューバート」
「ねっ、姉さん!? どうしてここに!?」
やけに挙動不審だ。
何かやましいことでもあるのだろうか。
考え始めたら終わりの見えない道に迷い込む。
ヒューバートが素直に答えるとも思えない。
まあ、今のマリアにはどうでもいいことだった。
「ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど……」
「今は取り込み中なので、後にしてください」
ヒューバートが何に取り込んでいるのか気になる。
それはただの好奇心。
マリアはニコリと笑った。
たったそれだけで何となく悟ったヒューバートは、さすがマリアの弟といったところか。
「姉さんが気にすることも楽しむこともないで――」
「なぁー……」
にゃーではなく、なぁーと鳴いたそれ。
薄汚れた仔猫がヒューバートで隠れていたそこから顔を見せた。
「……ものすごく珍しいものを見た」
「ち、違うんです。誤解です!」
何が誤解なのだろうとマリアは思う。
こんな場所で、たまたま偶然ばったり仔猫と遭遇した、とでも言うのだろうか。
それとも……。
「……もういいです」
マリアが何を考えているのかわかっている、とでも言いたげな言葉だった。
実際わかっているのだろう。
「それで、その子どうするの?」
「どうもしませんよ」
「ヒューバート冷たい」
「……あのですね」
呆れたとため息を交えながらヒューバートは話す。
彼は彼なりにこの仔猫のことを考えていたようだ。
元々優しいことは知っている。
「ヒューバートに似てるね」
「え?」
「ヒューバートもこの子も似てるって話」
ヒューバートの足下をお気に入りの場所に決めたように見える仔猫。
マリアはその仔猫と彼がよく似ていると思った。
「どういう意味ですか?」
「知りたい? なら、久しぶりにくっつ――……」
「お断りします」
「お姉ちゃんの愛なんだけど」
「間に合ってます」
ニコリと笑ったヒューバートが憎らしい。
マリアとヒューバートのやりとりを、どこか心配そうな雰囲気で仔猫は見上げていた。
ホットケーキにはさまれたい2011/12/07
加筆修正 2013/09/18
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