信じられない。

信じられない!

信じられない!!

声を大にして叫びたい感情を心の中へ何とか収める。

とは言っても、ザーフィアスの街中を歩く私の足取りは乱暴なもので、ヒールで地面を踏み潰すように進んでいた。

カツカツと石を削るような音が私を追いかけてくる。

それにすら苛立った。

一度足を止め、ゆっくり呼吸を繰り返す。

少しは落ち着いた……わけもなく、重苦しいため息一つ落として再び足を進めた。

可愛げの欠片すらない、不機嫌オーラを撒き散らすような顔で歩いているせいだろう。

私を見た人たちは皆、一歩足を引いていた。

今は他人にどう思われるかなんて関係ない。

一秒でも早くと目的地へ急いだ。

何度来ても慣れることはできなさそうな城が己の存在を嫌味なく放っている。

城門には騎士が二人立っている。

言葉は上手く伝わるかと不安になりながら、私は彼らの前に立った。


「何の用だ?」


機械的な方がまだあたたかいのではないかと思える声のトーンだったけれど、予想の範囲内。

臆することはない。


「こんにちは。私はカルディナと言います」

「カルディナ? 知ってるか?」

「さあ? そんなどこにでもありそうな名前……」

「ん? どうした?」

「貴様、まさか、カルディナ・ローウェルか?」


飛び出したフルネームに丁寧なお辞儀を添えた。

途端に騎士が態度を変える。


「どなたに御用ですか?」

「フレン、いますか?」

「先日任務より帰還されたので、おそらく城内にいらっしゃると思いますが……」

「そう。ありがとう」


二人の間を通りすぎる。

私の後ろ姿を見送ったであろう二人は、何やらコソコソと話をしていた。

ユーリやフレン、エステルたちのおかげですっかり有名人の仲間入りをしたと思う。

そんなことはどうでもいい。

慣れない城内を早足であるけば、嫌でも注目を集める。

ただでさえ不機嫌オーラを振り撒いているのだから、注目度は倍くらいかもしれない。

落ち着け落ち着けと何度も呪文のように唱えながら、速度を落とす。

この調子じゃいつまで経っても会えそうにない。

高ぶっている気持ちは抑えられそうにないけれど、何とか冷静を意識して足を進める。

それから数分後、馴染みある色を見つけ、私の足は自然と速まっていた。


「フレン!」

「カルディナ、どうしたんだい?」


柔らかな声音は溢れ出す私の怒りを優しく包み込んでくれた。

ほんのわずかだが、荒ぶる心を静めてくれた。

フレンに会いに来たことは正解だと思う。

優しく微笑んでくれているフレンの前でゆっくり息を吐き出した。

新鮮な空気を思いきり吸い込んで、彼に八つ当たりしないよう言葉を反芻する。


「ユーリが浮気した」


一言でとてもわかりやすい文章を口にすれば、フレンの瞳が大きく開かれた。

空色の瞳は驚きに揺れている。

何度か瞬きを繰り返した後で、困ったように眉尻を下げた。


「一体、どうしてそんな風に思ったんだい?」

「女の子と歩いてた」

「……え?」

「女の子と仲良さげに歩いてた!」


華奢な女性の肩を抱いていたのは、間違いなくユーリだった。

驚いて何度も確認したんだから間違いない。

その時の気持ちは、きっと誰にもわからないに違いない。

ギュッと痛む胸の傷。

ここが城内でなければ、泣きわめいていたかもしれない。


「エステリーゼ様やジュディスだったって可能性は……」

「ないっ! エステルやジュディとは仲が良いんだよ。間違うわけないよ」

「……だよね」


フレンもわかっていて言ったみたい。

多分いつもより荒れてる私を抑えようとしてくれているんだ。

彼は本当に優しい。

ファンクラブができたところで、驚く要素が何一つない。

既にあるかもしれない。


「フレン……」

「大丈夫だよ、カルディナ」


幼子を慰めるように、フレンは私の頭を優しく撫でる。

優しすぎる手に泣いてすがりたくなった。


「今日はフレンのところに泊まる!」

「え? ちょっ、カルディナ!?」

「もう決めたんだから。いいでしょ、フレン」


困った顔のままフレンは視線を落とす。

その先に私の荷物を見た彼は、仕方なくと言った様子で頷いた。

フレンは優しいから私を甘やかしてくれる。


「わかった。今晩だけだよ」

「ありがとう、フレン!」

「明日にはちゃんと帰るんだよ。きっとユーリも心配してるんだから」

「わかってる」


……わけがない。

ユーリが謝ってくるまで、絶対に帰ってあげないんだから!



2012/11/22
加筆修正 2013/09/18


 

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