紺野さんと僕
7

 背伸びをして目盛りを下ろしたのはいいが、これでは肝心の数字が見えない。仕方なしにちらりと近くにいる紺野さんに目配せをしてみた。
 しかし一瞬あった視線をふいとそらされる。

「紺野さん、無視しないでこれ見てよ」

 めげずに身振り手振りで頭上を示せば、いつものように面倒臭げな表情を浮かべながら、紺野さんは新聞を畳みゆっくりと立ち上がる。
 そして僕に歩み寄ると、徐に目盛りを掴み更に僕の頭上へ落とす。

「ちょっ、なんて地味な嫌がらせ。痛いってば」

 小さなプラスチックが遠慮なしに脳天に当たり、軽く星が飛んだ気がする。

「……七十二」

「ん? 今なんて言ったの。七十二? ってことは、もしかして五センチ伸びた?」

「どっちにしろ、小さいことには変わりないけどな」

「いやいや、平均でしょ」

 少し小馬鹿にしたような視線が落ちてくるけれど、これは紺野さんの背が高いだけの話。間違いなく紺野さんと僕では十センチ違うのだから仕方ない。

「でもまだ伸びそうな気がするんだよなぁ」

「あんまりデカくなっても可愛くねぇよ」

「……縮む方法ってあると思う?」

「知るか」

 呆れたような冷ややかな眼差しが振り注ぐ。
 けれどこちらは大真面目だ。意外にも可愛いもの好きな紺野さんが、可愛くないと言ったらそれは本当に彼の範疇外になってしまう。元が全体的に平均値である僕は、お世辞にも可愛いとも見目が良いとも言い難い。

「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ」

 ひとり悩んでいると、いつの間にか紺野さんはさっさと靴を履き、出て行こうとしていた。

「ホントつれないなぁ」

 ぴしゃりと閉まった戸を見つめながら、思わずため息がこぼれてしまう。しかしもう慣れっこなのでそんなにショックではない。

「でも先生はミハネくんが好きだよ。あんなに喜怒哀楽がはっきりしてるのは珍しい」

「ふーん」

 ぽつりと呟く斉藤さんに僕は首を捻った。
 あれで喜怒哀楽があると言われるとは、今までどれだけ能面だったのだろう。笑った顔なんて滅多に見られないのに。

「ミハネくんは、先生に会う前のこと思い出したらどうするんだい? よく記憶喪失って記憶が戻ると今を忘れちゃうって言うけど」

「僕はこのままで良いけどな。きっと良いことがなかったから忘れたんだよ」

 僕は記憶をどこかに置き忘れてきたらしい。だけど、今がなくなるくらいなら本当の自分はいらない。


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