紺野さんと僕
6
瓶の口に被せられたセロハンを取り、小さな摘まみを引っ張って紙蓋を開ける。そして瓶を傾ければ、喉の奥へ甘い液体が滑り落ちていく。
「んー、風呂上がりはやっぱこれだね」
「ミハネくん、あんたホントによく腹壊さないな」
続けざまに瓶を二本空にした僕に、心底感心したような呆れたような目を向ける、銭湯のおじさんこと斉藤さん。彼はここに来て僕がフルーツオレを飲む度に、こうして目を白黒させるけれど、この程度で腹を冷やすほど、僕の身体はか弱く出来ていない。
「逆に飲まないと調子でないんだよねぇ」
「ミハネくんは丈夫だなぁ」
あははと軽く笑い飛ばした僕につられるよう、斉藤さんもまた乾いた笑い声をあげた。
「あれ、ミハネくん。もしかして身長伸びたんじゃないか?」
「へ?」
ふいに目を丸くしてこちらを見つめる斉藤さんに、僕は思わず首を傾げた。
「少し前から気にはなってたんだけど。群青先生もそう思うだろ?」
「……」
同意を求めるように斉藤さんが、いまだ新聞を読んでいる紺野さんへ声をかけるものの、ゆっくりと持ち上げた顔はうんともすんとも言わない。
「相変わらず先生は口数少ない人だなぁ」
「違うよ斉藤さん。紺野さんは先生って言われんのが嫌いなんだよ」
ふっと苦笑いを浮かべた斉藤さんに、僕は肩をすくめて見せた。ちらりと後ろへ視線を向ければ、紺野さんは何も言わずにまた新聞へ視線を落とす。
「そりゃ悪いな。つい癖で言っちまうんだが」
「怒ってはいないみたいだから大丈夫じゃない?」
紺野さんの職業は深羽群青(ミワ グンジョウ)という小説作家。僕は一度も読んだことはないが、なにやら渋い感じの話を書くらしくて、おじさんおばさんからの受けがすごく良い。
以前お婆ちゃんが孫可愛さで紺野さんのことを近所のみんなに話してしまい、いまや大抵の人が紺野さんを群青先生とか、先生とか呼ぶ。
「気をつけるよ」
「うん」
何も言わないけれど、それが好きじゃないことはなんとなく気づいていた。元々紺野さんは派手なことが嫌いなのだ。
「それにしても、まだ身長が伸びるってことは……ミハネくん意外と高校生くらいなのかもなぁ。まだ昔のこと思い出さないのかい?」
「全然。……身長、ホント伸びてるのかな」
訝しげに首を捻った斉藤さんの表情を横目で見ながら、僕は脱衣場の隅に置かれていた身長測定の目盛りを頭に乗せた。
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