紺野さんと僕
3

 美人で男らしくてすごく魅力的な紺野さんは、ずぼらで面倒臭がりで、どうしようもないくらい駄目な人だったりする。
 しかしそんな彼でも、僕にとってはどうしようもなく大好きな人。

 半年ほど前にこの鈴凪荘へ僕が転がり込んでからずっと、それをアピールし続けているが、紺野さんは僕の気持ちを知りながらも、見向きもせず扱いがいまだぞんざいだ。
 でも変わらずあのアパートに置いてくれているということは、嫌われてはいないのだろうと思う。

「背中流すよー」

 こうやって一緒に銭湯に来て背中を洗っても、髪を洗ってあげても怒らないし、寧ろ案外されるがままでちょっと心配になったりもする。
 誰にでもこんなことをさせてるのかと思えば、楽観的な僕でさえやっぱり腹が立つ。

「すっきりした?」

 綺麗に泡を流して、ポタポタ雫を落とす髪を後ろからタオルで拭いてあげれば、紺野さんはふるふると頭を振って水気を払った。

「ちょ、飛ばし過ぎ。紺野さんいつから犬になったの」

 まるで子供のようなその仕草はひどくアンバランスで、たまらなく可愛い。文句を言いながらも、自分の顔がどんどん緩んでいくのがわかった。

「ミハネ、顔がキモイぞ」

「いや、それは元々だから」

 ふいにじとりと目を細めて振り返った紺野さんの声に、重たいため息が混じるけど、僕はさして気にしない。

「拾った時はもうちょっと煤けた黒猫みたいで可愛かったのにな」

 しかしポツリと呟いた紺野さんの言葉に目が点になる。

「……なんで普通の黒猫じゃなくて煤けちゃってんの」

「育て方を間違ったか」

「話聞いてないし」

 戸惑う僕をよそに、紺野さんはすくりと立ち上がり、ペタペタと足音を響かせ湯船に入ってしまった。

「煤けた黒猫……か」

 確かに自分は黒猫と称されるくらい、髪や目は墨を落としたみたいに真っ黒け。だけど紺野さんと初めて会った時は、彼が言うように少し煤けていたのかもしれない。

「紺野さん、紺野さん。煤けてない黒猫は可愛くない? 捨てる?」

 湯船に浸かる彼の横に並び、ほんの少し甘えるみたいに肩にすり寄れば、ゆっくりと細められた目がこちらをじっと見つめる。僕は答えを促すよう首を傾げて、その目を見つめ返した。

「別に」

 素っ気なく呟かれた言葉。けれどそれに僕は、にんまりと口の端を上げて笑った。



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