紺野さんと僕
2

 力任せに布団を奪い取ると、小さく自分を抱きかかえる紺野さんの背中が現れる。けれど長い手足は丸まり切らず、若干身体の端からはみ出していた。

「寒い」

「……寒いって、こんだけ天気良くて暖かいのに。ほら、紺野さんも虫干ししてあげる」

 ベランダに干すべく僕が抱えた布団に、必死で手を伸ばす紺野さんの手をぺちりと叩き、恨めしげな視線を無視すると、僕は引っ込めようとした彼の手をむんずと掴んだ。

「おいこらミハネ、俺は布団じゃねぇぞ。大体な、仕事明けで俺は眠いんだよ」

「だから、人間は寝溜め出来ないんだってば。それに布団じゃなくても、ちょっとお日様に当たった方がいいよ紺野さんは……ってか、もしかして髪の毛あれから切ってないの?」

 ブツブツと文句を呟き、ゾンビの如く陰鬱な様子で身体を持ち上げた紺野さんに、思わず僕は目を見開いて盛大なため息をついた。
 三ヶ月前に僕がカットし、染めてあげた髪はすっかり伸びきり、天辺が焦げ茶と金髪の見事なプリンだった。しかも寝ぐせのボサボサ加減と、生えるに任せた無精ひげが更に残念さを際立たせている。

 全く、高々ひと月見ない間にえらい変わりようだ。

「あぁ、せっかくの美人が見る影もないよ」

 長い前髪に隠れた切れ長な瞳は色素の薄い綺麗な茶色。鼻筋の通ったシャープな顔立ちを持つ紺野さんは、徹夜明けでさえなければお世辞抜きで本当に美人なのだ。
 それなのに今はちっともそんな容姿は想像出来ない。

「うっせぇ。俺は身繕いなんてどうでも良いんだよ」

 うな垂れるように膝から崩れ落ち、両手を床についた僕をウザったそうに見やり、紺野さんは胡座をかきながらボリボリと頭を掻く。

「虫干しの前に風呂っ、風呂に入ろう紺野さんっ」

 そこはかとなく漂う汗臭さ。慌ただしく立ち上がった僕は、紺野さんの腕を勢い任せに両手で掴み引っ張り上げた。

「いてぇよ。お前は小さいクセに相変わらず馬鹿力だな」

「火事場のなんとかだよ」

 のろのろと立ち上がった紺野さんは、百七十センチ弱な僕とは違いすらりと背が高い。少しばかり不規則な生活で痩せ気味だけど、それでもその高さが堂に入るくらいの綺麗な身体つき。

「キモイ顔して見るな」

「んー、思わずうっとりした」

「ウザイ」

「酷いなぁ」

 そんなことを言われても仕方がない。だって僕は、このボロアパートの隣人――紺野文昭さんが好きなんだから。


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