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THE PRESENT WORLD 5


いつでも会社の研究室にこもっているクソメガネを飲みに誘った。
奴は製薬会社のワーカーホリックな研究員をしている。
電話したときは案の定ラボにいたらしいが、ちょうど実験が一区切りついたらしく、久しぶりに飲みたいと乗り気だった。

「お前は前世とか転生といったもんを信じるか?」

居酒屋でビールと唐揚げ、その他のつまみを適当に注文し、突然そう切り出した俺をまじまじと眺めたクソメガネ。
何徹したのか知らないが、うっすら油っぽい髪へ目がいかないように俺も奴の茶色い瞳を見ていた。
そのタイミングで生ビールが運ばれてきて、俺たちは無言でジョッキをぶつけ、乾杯した。
ぐびりと一口飲んで、

「非科学的だけど、そういうものがあっても面白いと思うよ。」

真面目な顔で奴はそう言った。

よかった、ここで否定されたら先には進めない。
俺は密かに胸を撫で下ろす。
まぁ、広く柔軟な見識と器を持つこいつが真っ向から反論してくるとは始めから思っていなかったのだが。

そして俺は前世の記憶があること、そしてユフィのことを打ち明けた。
初めてこの体質を人に話したからか、妙に緊張して背中に汗をかいた。

秘密を30年弱もひた隠しにしてきた俺の暴露大会が開かれたのにはもちろん理由がある。

ことの発端は、昨日。
午後一のミーティングが終わってオフィスへ戻る途中、俺の前を歩いていた例の彼女が登りの階段でパンプスのヒール部分を踏み外し、ぐらりと倒れ込んできたのだ。
俺はなんとかその体を支え、大惨事に至ることは避けられた。

『び、び、びっくりしました……!』

『びっくりしたのはこっちだ。』

目を白黒させる彼女を間近に捉え、胸の内側がざわめく。
やばい、と感じた。
支えた華奢な肩の感触が、髪から香るシャンプーの香りが、近い横顔が、そのすべてが前世でユフィとふれあった記憶に直結した。

このまま抱き締めてしまいたい。
腕に閉じ込め、人気のない部屋にしけ込んでその唇を貪りたい。
さらには―――。

『すみません、助かりました。』

『……!』

体勢を立て直そうとする彼女の言葉で我に返って手を離した。
本当にやばい。
これは相当、キている。
俺は自分の展開させた妄想に愕然とした。

そういうわけでその日、定時になった瞬間にスマホをひっ掴んでこいつに連絡したのだ。
自分でも情けないと思うが、誰かに話さないとどうにかなってしまいそうだった。

そして今に至る。
前の世界のことはざっくりとだけ説明したが、クソメガネもその世界に存在していたことはとりあえず伏せておいた。
今日の本題はそこではない。
奴はビールを飲みながらじっと俺の言葉を聞いていた。
時おり頷いたり、視線で先を促したりしてくる。
今の俺にはその配慮がありがたかった。

「彼女は酷い死に方をした。」

話しながらはっきりと確認したことがある。

「生前に約束したんだ。あいつを守るってな。俺はその約束を破っちまった。」

俺は見て見ぬふりを決め込んできた。
どんどん大きくなる彼女の存在を。
いや、最初からそこにあったのだ。
ぽっかりと空いた心の穴は、彼女への想いが入る器だった。

「こんな俺が、あいつをまた好きになる資格はないんじゃねぇかと思ってる。」

そこに向き合わなかったツケが今ごろ回ってきて、こんなことになっている。
ぱちぱちと収まっていくはずだったパズルのピース。
肝心な一かけらは握りしめたまま。

「またいつか同じことを繰り返しちまいそうで。」

彼女への愛情が浮き彫りになってきたにも関わらず、俺はまだ自分を許せず、立ち止まって動けずにいる。

一通り喋り終えたタイミングで、奴は空になった二杯目のジョッキを静かに置いた。
それを見て、俺のジョッキにはまだ半分以上ビールが残っていることに気づく。
喋りに気を取られ過ぎていた。
テーブルの上で腕を組む姿勢で、メガネは二つのレンズの奥から覗き込むようにこちらを見た。

「驚いた。前世ってものが本当にあったなんてね、とても興味深いよ。」

いつぞや考えたことがある。
よみがえる記憶はすべて俺の妄想なのではないかと。
人類最強の兵士であったと自分に思い込ませているのではないかと。
思い出し始めた頃、この妙な体質を疑った時期もあった。

しかし、前世の全貌が明らかになってくるにつれて確信した。
壁に囲まれたあの世界。
確かにあそこに俺は存在した。
根拠はない。
だが、実感は俺のなかにありありと残っている。
この世に生まれてこのかた真剣など手にしたことはないが、肉を切る感触はリアルに思い出すことができる。
あのスチールでできたブレードの操作方法は指で再現できるし、耐Gベルトの窮屈さも降り注ぐ血の生ぬるさも知っている。

「そうだ。前世はある。」

「なら、前世で愛した女性が同じように転生して、あなたがまた彼女を好きになるのは自然なことだよ。きっとね。」

「……。」

「彼女が覚えていないのなら、大事なのはあなた自身じゃないかな。」

「頭じゃ分かってる……。」

「あっ、試しにキスしてみれば!?」

「は?」

クソメガネは革新的なアイディアを思い付いたかのような顔をした。

「王子様のキスでヒロインは目覚めるもんだろ?キスしたら記憶を取り戻すかもしれない!」

「寝言は寝て言え。」

「えー、物事ってのはトライ&エラーを繰り返して進んでいくんだよー?」

通りすがりの店員にハイボールを注文して、赤い顔で炙りゲソをかじるポニーテールメガネ。
徹夜のせいでアルコールの回りが早いのだろう。

風船がしぼむように、一気に緊張が抜けた気がする。
クソメガネに打ち明けてよかった。
むやみに説教したり変な目で見たりしない。
俺は前世からの旧友へ心の中でこっそり礼を言い、小さく息を吐く。

話して少しスッキリした。

俺は女子か。




**




「あの、飲みにいきませんか。」

「あ?」

それは、唐突な彼女からの申し出。
空いていた会議室にて、二人で社内プレゼンのための資料をホチキスで止めていたときのことだった。
今日は彼女も残業して仕事を手伝ってくれている。

「教育期間もそろそろ終わりですし、なんて言うか……お礼したくて。」

「お礼?」

彼女は手元を見ながら言う。
俺も、ホチキスから視線を離さず口を動かしていた。

「はい。私、今まで本当に色んなことを学ばせてもらったと思います。仕事の仕方から考え方まで、たくさん。同期には羨ましがられるんですよ、私と代わってほしいって。」

俺は彼女が質問してくるから答えただけだったが、それが良かったらしい。
現在、教育が始まって2ヶ月と半分。
彼女もそろそろ俺から離れて仕事をするようになる。

「だから少し早いですけど、どうでしょう?」

カシャン、とまた一つ針を打った。

“これも上司としての務めだから気にするな。”
“礼は仕事で示してくれたら嬉しい。”
論理的思考がさまざまな状況を分析して瞬時に叩き出した完璧な返事。
それらは喉元まで出かかったが、一向に吐き出される気配がない。

カシャン、カシャン。
単調なホチキスの音が会議室に響く。

「……行くか。」

やっとこさつぶやいたのは、気分とは裏腹な言葉。
手のひらが湿り出したし、鼓動もテンポがおかしい。
行きたくないわけではない。
ただ、彼女とさしで飲むのが俺でいいのだろうか。
アフターファイブにまで向けられる彼女の真っ直ぐな視線に、俺ははたして耐えられるのだろうか。
いまだに想いをこじらせ続けている俺は、情けない自問を繰り返す。

しかし、“この前先輩に連れて行ってもらったお刺身の美味しいお店が駅の近くにあるんです。”
この言葉で迷いは吹き飛んだ。
あのクソガキ、いつの間にちゃっかりこいつと飲みに行きやがって。
腹の中で嫉妬心と対抗心を燃やしていると、彼女が“なんなら今日でも!”と付け足したので、勢いでその提案に乗っかってしまった俺だった。

そうして資料をまとめ終え、二人で歩いて居酒屋へ向かった。
会社から駅まで歩いて15分。
駅につく手前で道を曲がり、細い道を少し歩くと目的地だ。
木造風の玄関口に、ガラスの浮き玉がいくつもぶら下がり、ライトに反射してきらめいていた。
内装は和風モダンな雰囲気で、落ち着いたオレンジの間接が暗めの店内を照らしている。
繁盛しているらしく、サラリーマンやOL層で賑わっていた。
二人用のテーブル席に通され、俺はスーツのジャケットを脱いで背もたれにかけた。

「生。」

「じゃあ私も。」

向かいあって座ると、なぜこうなったのだろうと我に返りそうになる。
こいつのこととなると俺は普通ではいられなくなる。
だが今回は、冷静さを取り戻してしまう前に酒を入れたいところだ。

頼んだ刺身の盛り合わせはどれも新鮮で旨かった。
クソガキのくせにいい店を知ってやがる。
そうして職場や業界の話をしながらジョッキを空けた俺たち。
まだ舌が若い彼女は“ビールは最初の一杯で十分です”といって次に梅酒のソーダ割りを飲み、俺は日本酒をちびちびやった。
相手がほろ酔いになってきた雰囲気を察知し、思い切って俺は口を開く。

「いいのか、金曜の夜に遅くまで飲んで。」

「え?」

「男がいたら心配するだろ。」

「いやいや、彼氏いませんから。ていうか、いたことないです。」

「は?」

メニューに視線を落としていた俺が思わず顔を上げれば、彼女は首をすくめた。

「なんでしょうね、今まで惹かれる男性に出会わなかったんですよ。」

「言い寄られたりしなかったのか。」

「うーん。ないことはないですけど、好きでもない人と付き合ってもしょうがないかなって……。」

男と付き合ったことがない?
俺の中では有り得なかった事実に、内心でうちひしがれた。

「さすがにキスくらいは、」

我ながら何言ってんだと思ったが、彼女の即答にまた衝撃が走った。

「キスもしたことないです。だから、全然男性とはそういうのないんですよ。……あ、今、沖縄フェアやってるみたいですよ!海ブドウ頼みましょう!あと泡盛!私一度飲んでみたかったんです。」

壁に貼られた沖縄フェアのお知らせを楽しそうに見る彼女をしげしげと眺めた。
それからは刺身の味も、海ブドウの味もよく分からなかった。
彼女は俺への感謝と世間に貢献する意気込みを語り出し(前世でも酔うと熱く語るくせがあった)、初めての泡盛を飲んだ。

そして俺がトイレから帰ってきたときには、

「……マジかよ。」

なんと、つぶれてしまっていた。

テーブルに突っ伏す彼女を見て一気に頭が冷えた。
どうやら泡盛と相性が悪かったらしい。

「おい。帰るぞ。」

「ふぁーい……。」

肩を揺さぶればのろのろと起き上がった。
しかし頬はリンゴのように赤く、まぶたはほぼ閉じてしまっていて、一人でまともに歩ける様子ではなかった。
会計を済ませ、彼女の腕を首に回して店を出た。
こいつは電車通勤らしいがこの状態で駅に放り込むわけにはいかず、タクシーを拾った。

「家の場所、言えるか?」

「はぁい、えっと、とうきょうとのー、」

後部座席に押し込み、なんとかアパートの住所を言わせることに成功したが運転手の視線が痛い。
運転席から振り返ったじいさんは“この人大丈夫なの?”と訝しげだ。

くそ。
どうする。
冷静になれ。
“上司”ならどうする。
このまま付き添っていくのは流石にどうかと思う。
住所が言えるなら案外自分で帰宅できるかもしれない。
なりたてとは言え社会人なのだから教訓を得るいい機会に、

「うんんー、」

そのとき。
酔っぱらった彼女の指がシートに手をついていた俺の袖を摘まんだ。

ささやかに引っ張られたそこへ視線が吸い込まれる。

その指先があまりにも頼りなさげで、儚げで。

視界が一気に狭くなる。
都会の喧騒も、耳に入らなくなる。
入ってくる情報が、彼女だけになる。

「……出してくれ。」

俺は彼女を押しやってその横に滑り込み、運転手に言った。

夜のネオンがうるさい街並みを、タクシーはゆるやかに進み始めたのだった。


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