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THE PRESENT WORLD 4


※前世でヒロインが戦死する描写があります














その壁外調査は何時にも増して散々なものだった。
不運にも、出くわす巨人……特に奇行種の数が多かったのだ。
動きの読めないそいつらに翻弄されて陣形は乱れに乱れ、兵士たちは散り散りになりながら予定補給地点である巨大樹の森を目指した。
樹上へ一旦上がればひとまずは生き延びられる可能性が増す。

そのとき、俺とユフィもエルヴィンの指示で森を目指して馬を走らせていた。

「ぎゃああああ!!」

見えてきた森の手前では3〜10メートル級の巨人ら5体が班の一つを襲っていた。
兵士の一人が襟を摘まみ上げられ、丸飲みにされそうになっている。
森の中に潜んでいたやつらに不意打ちを食らったらのだろう。

「チッ、ユフィは樹上で負傷した者を介抱してやれ!俺はこいつらを片付ける!」

「了解!」

彼女は頷き、並走していた馬を横へ反らせて走って行った。

「へ、兵長!」

鞍の上に乗り、馬から飛び立つ。
兵士を食おうとしていた10メートル級を削ぎ、巨人らを足場のように使って次々と倒していった。

「ありがとうございます!」

「礼はいいからさっさと上がれ!」

生き残った兵士たちが地面に転がっていた怪我人を抱えて飛び上がるのを確認し、俺は再び馬を呼び寄せ、ユフィのもとへ急いだ。
壁外ではなるべく離れていたくない。

森との堺を少し進むと樹上に小さく人影が見えてきた。
あの色の髪の持ち主は、ユフィだ。
俺の指示した通り怪我人の手当てをしているようだった。

目的地をその大樹に定めて馬を走らせたとき。

蹄の音に気づいたまだ遠くにいるユフィと、視線が合ったと思った、そのときだ。

突然のことだった。

彼女らのいる枝が、裂けながら森の外側へ弾けた。
何が起こったのかはすぐに見て取れた。
巨人が、枝へ顔面から突進したのだ。

「っ!」

そこからは妙に時の流れが遅くなった。
ユフィは枝とともにたやすく空中に放られ、俺がトリガーを握ったと同時に、巨人の馬鹿みたいにず太い指に捕えられた。
姿を現したのは、脚の筋肉が異様に発達した巨人だった。
また、視線が合った。
恐怖、そして絶望を感じかけた瞳の彼女を丸太のような指が、その体を。

「や」

俺は何をやっているんだ。
今頃ワイヤーが発射した。
なぜだかアンカーはノロノロと進む。

「め」

血しぶきが、舞った。

そこからのことは、よく覚えていない。

いつの間にか別の樹上に避難していた。
血まみれで、ぼろ雑巾のようになったユフィを抱えて。





**




ずっと、鉛のようなものが心の底に重く存在していた。
彼女は助けてやれなかったことをあの世で恨んでいるだろうか、と。

『お前を守る。』

そんなことを堂々と宣言したばかりに、ユフィは死の淵で絶望したことだろう。
最期の恐怖に歪んだ顔は、俺を戒めるように脳裏にこびりついて離れない。

俺は彼女を守ることができなかった。

“仕方なかった”とは言え。
“運が悪かった”とは言え。
“誰のせいでもない”とは言え。

俺は、俺を許せなかった。
約束は呪いに変貌をとげ、いばらのように体中へ絡み付く。

死んでいった仲間たちの幻影は一人、二人と増えていき、いつのまにか群衆となっていつも俺を見下ろしている。
そしてユフィはその先頭に立った。

『兵長……どうして、』

血まみれになったユフィが覚束ない足取りで俺に手を伸ばし、すがろうと近寄ってくる。
あのときの恐怖に塗りつぶされた顔で、真っ赤な涙を流しながら。
体が凍りついたように固まって動けない。
声も出ない。

『どうして……助けてくれなかったんですか……?』

「ーーーーっ!! 」

飛び起きたそこは、薄暗い見慣れた自分の寝室だった。
もちろん、現世の。

「……夢……。」

閉めたカーテンの隙間から日の出前のぼんやりした光がこぼれ出している。
冷や汗とも言えるしずくが首筋を伝う。
目を覚ますまで息を詰めていたのか、酸素を欲して荒くなった息を整えるように大きく息を吸い、吐いた。

今までこんな悪夢を見ることはなかった。
前世は前世と割り切って、再開した連中と付き合っていたからかもしれない。
それがユフィのこととなると割り切れない、のだと思う。
前世の俺が抱えていた自責の念をも引きずり出されてしまったおかげで、最近は夢見が悪い。
今のようにうなされて目覚めることもしばしばだ。
長時間寝るタイプではないが、さらに睡眠時間を削られてしまうとなると疲れが十分に取れないこともある。

射し込む細い光が強く輝きだす。
今日もまた、一日が始まる。

現実では個人の諸事情などお構いなしに慌ただしく日が経ち、彼女の教育係になってからすでに1ヶ月が経っていた。
あっという間に感じるのは進めていたプロジェクトが佳境に差し掛かったこともある。

「あ、おはようございます!」

「おはよう。」

「ん?なんだかいつもより隈が濃い気がしますけど、大丈夫ですか?」

出勤すると、先に来ていた彼女はいつもと変わらない笑顔で挨拶をし、近過ぎない距離から少しだけ身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。
最近気づいたのだが、俺は彼女の真っ直ぐ見つめてくる眼差しに弱い。
だからこういうときは逃げるようにふいと目線を反らしてしまう。
記憶を持つ後ろめたがそうさせているようだった。

「問題ない。今朝、少しうなされただけだ。」

「そうなんですか……。私も悪夢を見て飛び起きることありますよ。そのあと寝るのが怖くて結局寝不足になったりするんですよねぇ。」

だいぶうち解けたと思う。
視線が苦手というささいな事実を除けば、いい関係を築いている。
彼女から何気ない話題をふってくることも自然になった。
目が合えば軽く会釈したり口角を上げて微笑んできたりする。

昼食は営業部にいる同期の女子社員(研修中に仲良くなったらしい)と近くの公園でコンビニ弁当を食べているようだが、その社員が外回りで不在のときは俺に付いてきて飲食店で共に食事をした機会も何回かあった。
早く食べられるという理由でチェーンのカレー屋に入ることが多い俺だが、昨日は“たまには趣向を変えてみるのもどうですか?”と初めて彼女に提案され、インドカレーの店に連れていかれた。
人生初のインドチキンカレーのルーは鶏の風味とスパイスが効いて旨かったし、ナンの皮はパリパリで中は弾力があり、なかなか悪くなかった。
未知の文化の食べ物にはまず手を出さない俺だったが、こういうものもイケるもんだなと(顔には出さなかったが)目から鱗が落ちたような気分だった。
彼女は外国料理も好んで食べるらしい。

仕事はすぐ覚えてしまうから俺はあまり苦労していない。
そういえば外車のディーラーに勤める垂れ目の悪友が、“新人がチャラいし物忘れ激しいから嫌だ”とかなんとか通話アプリで愚痴をこぼしていた。
一応“頑張れ”と返しておいたが、“チャラさに関して人のことは言えないのではないか”とまでは言わないでおいた。
俺はいい部下を持ったものだ、とつくづく思う。

最近はこんな調子だ。
我ながら“普通の上司”をよく貫けている。

「あ、お二人ともお疲れ様です!」

その日の昼休憩中、金髪とミーティングがてら自販機でコーヒーを買って一服していると、クソガキがこっちに向かって歩いてきた。
今日も毒々しい真っ黄色のエナジードリンクを補給しきたのだろう。
なんとなく見ていると、オフィスから彼女も姿を現し、クソガキとちょうど鉢合わせる。
二人の表情は笑顔まじりの驚きに変わった。

「おー!久しぶり!」

「先輩も!」

同じ会社でもあまり顔を合わせることがないからか、大学の先輩と後輩はテンションを上げて近況報告し出した。
やはりノリが若い。

「部下が気になるのか?」

「!」

金髪が横から放ったその言葉に、はっとした。
ミーティングそっちのけで視線が彼女に貼りついていたことに気づく。

「そういう訳じゃない。」

「そうか?」

さすが金髪、鋭い。
あの世界で団長を張っていただけのことはある。
ごまかすように、冷たさを失いかけたコーヒーを喉に流し込んだ。

ちなみに、金髪は上司だが、入社して間もなくのとき“ぜひフランクに接してくれ”と言われ、それからため口で話している。
前世であればこれが普通だったが、現代では上司にため口など、はたから見れば失礼過ぎる。
だが向こうはそれがしっくりくるのだというから、まぁいいかとそれを受け入れた。
俺も実際、その方が話しやすかった。
現世でも策略家で何を考えているか分からないやつだが、なんとなく馬が合ってたまに飲みに行ったりもする。

ベンチにゆったりと腰掛けた奴はペットボトルの水を一口飲み、横の壁にもたれて立つ俺を見上げた。

「どうだ?あの子の教育は。」

「いたって優秀だ。記憶力や理解力もある。行動も早い。このぶんだと3ヶ月で一人立ちできそうだ。」

「やはりな。俺の目利きは間違ってなかった。」

きらりとその青い瞳を光らせ、彼女を見る。

「今年も面接に立ち会ったんだってな?」

「あぁ。面接にはいつも参加させてもらっている。ひと目見たときにお前の下につけたいと思った。」

そういえば、前世でユフィをよこしたのもこいつだったな、と思い出す。
まったくよくできた世界だ。
目の前に現れる縁はまるで絡まった輪のようだ。
一週すれば、また同じところから始まる。

そんな話をしていたとき、後輩の働きぶりを誉めたのか、クソガキが彼女の頭をポンポンと撫でたのが目に入った。
嫌な気分が腹からこみ上げ、

「っ!」

思わず踏み出した足をベンチにガツンとぶつけた。

「過保護なのも考えものだな。」

弁慶の泣き所へズキズキする痛みを感じながら、含み笑いをする金髪を軽く睨む。

「缶を捨てようとしただけだ。」

苦し紛れに、向かいの自販機の横に設置されているゴミ箱へ空になっていた缶を突っ込む。

前世の恋人と再開して1ヶ月。
表面は“普通の上司”だが、中身の俺はぐずぐずと気持ちをかき混ぜているばかり。

彼女は仕事ができるし気も利いて愛嬌がある。
俺の知らない世界も知っている。

部下として可愛い。

そして、一人の女としても可愛い。
しかしどこからともなく脳内に現れたスクリーンが前世のあの日を映し出し、そこから先へ感情を進ませない。
ただ、実体のない、確信のようなものだけが濃くなっていくような、奇妙な感覚だけがあった。

俺は忙しさにかまかけてその感覚から目を反らし、時おり悪夢にうなされる夜を過ごしながら、ひたすら教育と仕事に打ち込んだ。
完璧に“上司”をこなした。

あの出来事が、起きるまで。




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