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19 そういうことなんじゃないの?



夕刻の空は鮮やかな茜色に染まり、2羽のガンが家路を急ぐように壁を越えて消えて行った。
あたり前のように風を切って舞う自由な鳥のその姿に、誰もが一度は憧れることだろう。

けれども壁の外から帰還した調査兵団の兵士たちに夕日を仰ぎ鳥を眺めるほどの気力はかけらも無く。
各々が踏みしめる地面を呆然と見つめながら進むのが精一杯だった。

彼らは生きて帰った喜びを感じることもできずに、敵の恐ろしさを幾度となくその身に刻まれ、どうすることもできずに目の当たりにした仲間の死を悔やみ、己の無力さを呪った。

いっそ左右から聞こえてくる罵声や嫌みも耳に届かないくらい憔悴(しょうすい)していればどんなに楽だったか。
住人の視線は矢のように兵士たちに突き刺さり、今はただその痛みに耐えながら重い足取りで歩くのみ。

朝方、息子を壁外に送った父親が呼ぶその名へ永遠に返事はこないことを誰が知らせることができようか。




最悪な気分で諸々の処理を終え、日も暮れた頃にリヴァイは自室を目指す。

エルヴィンの考案した索敵陣形によって損害は減ったが、"そろそろ成果を持ち帰ってくださいよ!"と民衆の中から飛んできた声が脳内にこだまする。

(頭痛ぇ……。)

米神を押さえながら廊下の角を曲がると、


「リヴァイ!」

「!」


予想だにしない人物が自室の前に立っていて、リヴァイは目を見開く。

そこにいたのは、ユフィだった。

心配そうな表情で駆け寄ってきたユフィはすでに泣いており、体当たりするような勢いで抱き付いてきた。


「お前……、まだシーナにいるんじゃなかったのか。」


ユフィが調査兵団に戻ってくるのは、壁外調査の後処理が落ち着いた頃で、少なくとも今日ではなかったはずだ。

彼女はリヴァイの首筋にグリグリと頭を押し付ける。


「リヴァイに会いたくて……師匠にお願いして……。」

「……。」


久しぶりの彼女の甘い香りを感じるとジンと胸の辺りが温かくなった気がして、ユフィの後頭部を撫でれば彼女はおもむろに体を離し、涙で濡れた双眼で彼を見上げた。


「……じっとして。」

「ユフィ……なにを、」


彼の唇が言葉をつむぐ前に、まぶたを閉じたユフィのそれが重なる。

調査前の馬車での出来事とは違い、今度はリヴァイが瞠目(どうもく)する番だった。
触れ合っていたそこがそっと離れると、少し眉を寄せた、ユフィにしては珍しい表情が現れる。


「ハンジ……さん、に聞いた。キスって愛してるって伝えたいからするんだって。」

「……!」


一瞬、言葉を失うリヴァイ。


「…………お前に……愛が理解できるのかよ。」


やっと苦しげに言った、彼の胸には複雑な心情が渦巻いていた。

ユフィの存在が自分の中で大きくなってしまった反面、彼女には下手に何かにとらわれてほしくなかった。

体を重ねる行為を浮わついた好意と勘違いしてほしくなかった。
自分が衝動的に重ねた唇を一時的な淡い恋心にすり替えてほしくなかった。

なぜなら、リヴァイは己の中に生まれた想いの重さを自覚している。
その重さ故に、まだ若い彼女には自身が相応しくないように思ったのだ。

だからお互いのチューニングとして体だけの関係でとどめておきたかったのに。

あの時キスしたことはやはり軽率な行動だったのかもしれない、と彼は思った。
調査兵なら誰にも当てはまることだが極めて危険な壁外調査の前は自分を保つことが難しい。
死ぬ気はさらさらなかったものの、次に彼女と会うのは壁外調査後だと思ったら衝動的に体が動いてしまったのだ。

リヴァイの問いに対して、抱き付いていた体を解きながら彼女は視線をそらす。


「……よく分からなかった。」


ため息なのか何なのか、リヴァイがとにかく息を吐きたくなった瞬間、強い力でユフィはぐっと彼のジャケットを掴む。


「だけどっ。」

「!」

「だけど、もし壁外調査で何かあってリヴァイがいなくなったらって想像したらすごく悲しくて、苦しくて涙が出そうになって……胸の奥がぎゅってなって、急にリヴァイと過ごしたときのことを思い出したりして……笑った顔とか……頭から離れなくなって……、じっとしてられなくて……。」


目元を赤くしたユフィは真っ直ぐに彼の見開かれた瞳を見つめる。

どくん、とリヴァイの心臓が一際大きく脈打った。


「こんなに自分でもよく分かんないことって初めてで……。だから。それが、そういうことなんじゃないの?」


相変わらず彼女は眉根を寄せていて、リヴァイはそれが目の前の男に対する想い故だということに、そしてお互いその想いに誤魔化しようがなくなっていることにやっと気付き。


「リヴァイ……?」


涙のたまった上目使いに吸い寄せられるように顔を寄せ、そのふっくらした唇に3度目のキスをした。


「んっ、」


大切なものを慈しむかのような、ゆっくりとついばむような彼の唇の動きにユフィは戸惑うような反応をするが、次第に同じように触れ合わせてくる。

いくらか扇情的なその行為にユフィの体もとろけ始めてきたところで彼は唇を離し、どこか観念しつつも優しさをたたえた瞳で彼女を至近距離に覗き込んだ。


「そういうことで合ってんじゃねぇか。お互いな。」

「ん……。」


リヴァイは回りくどい言い方をしたが、確かにその瞬間に二人は通じ会うものを感じてお互いを抱き締める。


壁外調査の直後に、こんなにも満たされた気分になるのは初めてのことだった。


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