ナデシコが咲いたら | ナノ

07


何故私は今こんな状況に立たされているのだろうか。

「あ、赤也また真田君に怒られてる。懲りないねぇ。」

おお、あっちではダブルスの試合してる。えっと、ブン太とジャッカルのペアと、仁王と柳生君のペア、か。
確かあのペアって、関東大会の時に中身入れ替わってたんだっけ?

「まさか、練習試合でまで入れ替わってたり・・・してた・・・。」

スルリと柳生君だった人から茶色の髪の毛が滑り落ちると、下から透けるような銀色が現れた。練習試合にまで入れ替わって遊んでるなんて。ほんと、仁王はペテン好きだなぁ。

「って、試合見てる場合じゃなかった。」

図書室からも案外テニスコート良く見えるんだなぁ、なんて関心してみてる場合じゃないんだよ。見たいけど。すごく見たいけど。
でも今はそれどころじゃなくて。

「どうやってここから出よう・・・。」

もう一度図書室の入口にまで歩み寄り、扉を横にひいてみる。が、やはり扉はビクともせず、時々ガシャンという重い金属音を鳴らすだけだった。

「・・・はぁ。なんで外から鍵がかかってるのかなぁ。」

普通、部屋に鍵をかけるといったら内側のだけだろう。が、図書室には外側からバッチリ大きな金属製の南京錠がかかっていた。なぜこんなことをしているのか。
たぶん以前に職員室に置いてあった図書室の鍵が盗まれるという事件があったからだろう。最初は誰も気が付かなかった。それもそのはず、図書室の鍵の開閉はほとんどが司書さんが自分の持っているスペアキーで行っていたし、誰もわざわざ自ら図書室を開けて訪れようとする先生もいなかったからだ。
だから鍵が数日して戻ってきたことすら、誰も何も分からなかった。
けれど、問題が起こったのはその後だ。
生徒が何人か、学校には来ているはずなのに姿が見えないということが度々起こるようになったのは。
それから生徒指導の先生はもちろん、手の空いている用務補助の人たちまで巻き込んでの捜索が何日も続いた。が、簡単には見つからなかった。
生徒達がサボりそうな場所をどれだけ探しても、やはり消えた生徒達は居なかった。
しかしそれからまた数日経った日。いつものように校舎内を探していた先生が、閉館日であるはずの図書室から出てくる生徒達を目撃した。
つまり、職員室に置いてあった図書室の鍵を盗み出し、スペアを作ってまた戻したということだ。自分達がサボる恰好の場所を確保する為に。

「で、今後そういったことが起こらないように、図書室には厳重に内側からも外側からも鍵がかけられるようになりました、と。」

おしまい、おしまい。

「なーんて、そんなこと暢気にひとり語ってる場合じゃないし・・・!」

つまり、だ。私が今何を言いたいのかというと、

「誰か助けてよー!何で私閉じ込められてるんだよー!」

図書室から出るに出られない状況だということです。

「ちょっと集中して本読んでただけなのに・・・。」

いつもの席には座らず、今日はちょっと奥まったところに置いてあった脚立にそのまま座りながら本を読んでいたら、気が付けば周りに人は居なくなっていた。ついでに司書さんも他の図書委員の子も居なくなっていて、鍵までバッチリしめて置いていかれた、という訳だ。

「しかもこういう日に限って、携帯の電池切れてるし・・・。」

昨日充電する前に寝てしまい、学校に来た時点で電池が2個に減っていた私の携帯は放課後に入る前にその命は尽きていた。せめて充電器持ってきてれば良かった・・・。

「まぁ、あまりに帰り遅くなったら心配して探してくれるかな・・・。」

なんて、ちょっぴり両親に期待をしてみる。
が、ちょっと待て。確か今日家を出る前に、

「今日ママもパパも大学の同窓会に行ってくるから、夕ご飯ひとりで食べてね。帰りは遅くなっちゃうかもしれないけど、ちゃんとお風呂に入って早く寝るのよ。」

って、ママに言われた気が・・・。

「終わった・・・。」

絶望を感じ私は思わずガクリ、と床に崩れ落ちた。もう床が汚いとかそんなことどうでも良いや。

「あー、1晩ここで過ごさなきゃとか嫌だよー!」

大声で叫んでみる。が、広い図書室にほんの少し響いただけで、返事は何も無かった。
嫌だ、絶対嫌だ。絶対嫌だ!

「そうだ、」

ある提案がひとつ私の頭の中に閃くと、私はガバッと身を起こしさっきまでテニスコートを見ていた窓へと駆けていった。

「よし、まだ部活してる。」

窓を限界まで開き、少し身を乗り出し、そして私は

「おーーーーい!!!!」

思い切りテニスコートに向かって叫んだ。

「おーーーーい!!!!誰かー!こっちー!!!」

けれども、誰もこちらを振り向かない。当たり前といえば、当たり前。だってテニスコートとこの図書室は良く見えるとはいえすごく遠くに離れているから。

「お願いーー!!誰かーーー!!!!」

だけど最後の望みはもうこれしか無いから。そう思って私は必死に大声を搾り出し叫んだ。誰かしらの耳に、こう風にのって届くかもしれない。
そんな期待を抱いて、私は何度も何度も叫んだ。時々両手を大きく振ったりしてもみた。
が、現実はそう甘くない。

「っはぁ、はぁ。もう、無理っ!」

かれこれどれだけ叫んでいただろう。一向に誰にも気が付かれずただ時間だけが過ぎていき、私はついに力尽きてまた床へと大の字で寝転がった。
もう今度からはあんな隅っこで本なんて読みません。本ばっかり読んで周りが見えなくなるのとかも気を付けます。図書委員の仕事もちゃんとします。カウンターの下に本隠して読んだりするのもなるべく辞めます。

「だから、誰か助けに来て・・・」

若干鼻の奥がツンとしてきた刺激に、私は顔を両手で覆った。もう嫌だ、誰か、誰か・・・!




「誰か、居るんですか?」



ガラガラと扉の開く音とともに、いつか聞いた優しい声が確かに響いた。

「っ、」

慌てて体を起き上がらせ、入口の方に顔を向ける。するとそこには、まだユニフォーム姿のままの仁王と柳生君が立っていた。

「に、におうー!」

誰かが来てくれたことが嬉しくて、それが見知った人物だったことが安心して、私は思わずふたりの姿を見たのと同時に涙を流しながら走り寄っていた。
そして仁王へとそのまま縋るように抱きつき、うわあんとありがとうー!と大声で叫んだ。
が、すぐに何かに気が付いた。
何かの違和感に。

「永井さん。」
「へっ!?」

確かに仁王の姿のはずなのに。なのに上からかけられた声は仁王のそれとは違っていて。

「や、柳生君!?」
「すみません、紛らわしい恰好をしてしまい。」
「え、いや、え!!?」

そっと銀色の髪の毛を落とし眼鏡をかければ、私が抱きついていたはずの仁王はすっかり柳生君へと姿を変えた。
・・・と、言うことは、

「こっちが仁王!?」
「プリ。」

柳生君の姿のままニヤリと笑えば、下からいつもの仁王が現れた。

「わ、ご、ごめんなさい!」

慌てて抱きついている柳生君から身を離せば、私はガバッと頭を下げた。するといえいえ、あなたが謝ることではありませんよと優しく返された。

「それよりも、どうして図書室に閉じ込められてたのです?」
「誰かにやられたんか?」
「え、ううん違う違う。私が閉館に気が付かなかっただけ。」

3人でテニスコートまで並んで歩きながら、私は事の始末をふたりに話した。
というか、何故私はテニスコートに向かっているのだろう。あのままお礼を言って私は家にひとり帰るつもりだったのに。

「もう日も暮れて暗いですし、女の子がひとりで歩いて帰るのには危険です。」
「お前も一応、女子だしの。どんな物好きが居るかは分からんからな。」

だ、そうです。仁王は一言余計なんだよ。

「それにしても、」
「ん?」
「何で、分かったの?私が図書室に閉じ込められてるって。」

そりゃ、あんなに大声出して助けを求めてて誰かに気が付かれますようにとは何度も何度も思っていた。もう大分諦めていたけど。だけど、実際どうしてこのふたりは気が付いてくれたのだろう。

「柳生が、気が付いたんじゃ。」
「え?」
「微かでしたが、確かに女性の声が聞こえた気がしまして。それも、助けを求める声が。」




届いていたんだ。




「それで気になりまして、仁王君とふたりで校舎を見ていたら図書室の窓が開いていましたので。」
「ふたりで行った、という訳じゃ。」
「そう、だったんだ。」

テニスコートへと近づくと、私の姿に気が付いたブン太がお前何やってんだ?まさか校舎に閉じ込められてたのか?と笑いながら聞いてきた。もちろん、冗談のつもりだったんだろう。

「って、わ!何でお前泣いてんだよぃ!?」
「ブ、ブン太のせいだもんー!」

何でかは私も分からない。分からないけど、でも涙はなかなか止まらなくて、普段滅多に見られないオロオロとするブン太が可笑しくて。
私は泣きながら笑っていた。





(20101002)

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