「あの、やはり男性は胸の大きな女の子のほうが好きなのでしょうか?」

 ぶは、っと勢いよくアレス兄様が口に含んでいたミントティーを吹き出した。私とヘーベを避けたものだから隣のヘパイストス兄様に掛かってしまった。いつもならヘパイストス兄様から厳しい視線がアレス兄様に飛ぶのだけれど、ヘパイストス兄様はヘパイストス兄様で文字通り開いた口が塞がらない愕然とした様子でヘーベを見ている。

「きゃあ大丈夫ですか兄様たち」

 何か拭くものをとヘーベの狼狽した声に私が答える。

「私が持ってるわ。ヘパイストス兄様上着は脱いでくださいます? 染みにならなれけばよいのですけど」

 ヘパイストス兄様が上着を脱いでいるところを私が滴る雫を軽く押さえていく。ヘパイストス兄様はまだ呆然としていて、戻ったのはアレス兄様が先だった。

「ヘーベ…お兄ちゃんヘーベの質問の意味が解らないデスヨ?」

 訂正。まだ十分にアレス兄様もテンパっている。
 ヘーベは頬と言わず耳や首筋まで赤くなってしまった。

「その…深い意味はないんですけど…! その…どうなのかなって!」
「深い意味がなくてそんなこと聞かないだろ! それに赤くもならないだろ! どうしたヘーベ!?」
「その…その…」

 アレス兄様に問われ、ヘーベはますます赤くなって答えに窮している。

「兄様、質問に質問で返すのはいけませんわ。先に兄様が答えませんと」

 我ながらあまり助け船にもなっていないことを言って話を逸らした。いや、ヘーベにはこれが本題なのだけど。
 アレス兄様はそれでも私の言葉を素直にとってくれたようで、思案顔をした。

「え、うん、そのあれだ。………俺は胸の大きな女は好きだな」
「ですよね…」
「いやいや! でもそれってあくまで魅力のひとつっていうかさ! うん、それが絶対ってわけじゃねぇし! なぁ、ヘパイストス。ヘパイストスもそう思うだろ?」

 自分の答えで悄気返ったヘーベを見て、慌ててアレス兄様は言葉を重ね、ヘパイストス兄様に助けを求めた。
 ヘパイストス兄様は一瞬以上遅れて、ヘーベに焦点を合わせた。どうやらアレス兄様の救援を求める声は届かなかったらしい。というよりは、ようやく初めのヘーベの質問が理解に届いたというべきかもしれない。

「ねぇ、ヘーベ。問いの理由を聞きたい。いつもの貴女ならそんな破廉恥なことを聞いたりはしないよね。私たちもそれは知っている。だから少し驚いた」

 うんうん、とアレス兄様も頷いた。少し、という反応ではなかったですわよ兄様たち、と内心思う。

「だけど、貴女はどうしても聞きたかったんだよね? 今も真っ赤になるほど恥ずかしいと思っているのに。………それほど大切なこと?」
「ええ…そうです。兄様」

 躊躇いがちに、それでもヘーベは言った。

「それほどの理由、教えてくれない?」
「俺も聞きたい」
「それは…っ」

 また口籠もるヘーベ。

「兄様たち、まだ解りませんの?」
「エイレイテュイア?」
「ヘーベがこんなことを聞く理由なんて、推して知るべしですわよ。それを重ねて訊くなんて、デリカシーが足りません」

 いや、きっと兄様たちも薄々気付いてはいるのだ。だけど、ヘーベ自身の言葉を聞くまでは、と、だから理由を尋ねる。そういうことなのだろう。
 ハンカチをヘパイストス兄様に渡して、くるりとヘーベに向き直る。

「…姉様」
「ヘラクレスのことね」
「…………はい」

 刹那、沈黙が降りる。
 ヘパイストス兄様がケータイを取り出して耳に当てた。視線はそのままヘーベに向いたまま、そしてその動作以外は全く動いていないから何だか出来の悪いパントマイムのようだ。
 声までは判らないが、音の振動が伝わってそれが繋がったのだと知れた。ヘパイストス兄様が珍しく僅かに笑みを浮かべて一言。

「アルカイオス。屋上」

 そして一方的に通話を断ち切った。
 アレス兄様のゆるい拍手。

「さすが兄上」

 満足気に頷くヘパイストス兄様。
 私も無意識に手を合わせていた。
 自分が誰とも、何処のとも、何時とも、ましてやどうするとも言わずただ場所を告げた。彼をアルカイオスなんて呼ぶのはヘパイストス兄様くらいだから誰かはすぐに推察出来るだろう。だからこそ無下にもできず、その意味を図りかねて実直な彼はおろおろとどこかの屋上を探すに違いない。

「え、あのっ、えっと兄様がた、姉様、今のは…」
「気にすんなヘーベ」
「ですけど、今のはヘラクレス」
「みごとです、兄様!」
「あの、ヘパイストス兄様」
「ヘーベ、私、お茶飲み直したいなぁ」
「俺もー。あとクッキー追加で」
「じゃあ淹れ直しましょうか。行きましょうヘーベ」
「え、ええ、はい。姉様」

 戸惑ったままのヘーベの手を引いて扉を開ける。
 だって妬けてしまうじゃない。妹をこんな風に悩ませる婿どのには。





<2012/11/13>



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