ナマエは食堂を出て、部屋に帰ろうと思ったが、少し気持ちを落ち着けようと中庭に向かった。
和風の中庭が四方ガラス張りされ、上から陽の光が照らすそこは美しく、ナマエはそれをガラスの外から眺めた。
まさか、こんなところで一緒になるなんて。
偶然?でなければまさか、
でも、今更どうして。
考えなくても頭に浮かんでくるのは、最愛だった男。
あんなに悲しくて、苦しくて、辛かったのに。
どうして
どうして、
今 会いたいと思ってしまうの。
目を伏せ、ガラスの中で石から流れ落ちる水を見る。
音は聞こえない。
あたまのなかを空っぽにするように、ただそれを見つめていた。
ふと、ガラス張りされたその向こうに足があらわれた。
旅館の履物を履いた大きなその足は、ぴたりと止まりこちらを向いている。
ゆっくり、その脚をたどる。
長い脚、黒いスラックス、白いシャツに、ボタンがいくつか開けられた胸元からは逞しい胸板が覗く。
そして、うなじで揺れる 真っ赤な髪
「ーーーー、」
ばっちりと絡んだ視線
目が 離せない
「シャン クス、」
思わず口にしたその名前に、
久しぶりに目にしたその姿に、
はっと 口を押さえた 。
彼が左に移動すれば、繋がっているかのように私の身体も移動する。
ガラス越しにではなく、直で見る彼は、やっぱりあの頃と全く同じままだった。
「ナマエ......」
ゆっくりと、
名前を呟きながら近づいて来る。
「久しぶり、だな」
「どうして いるのよ...」
「先週、帰国した。
そうしたら、おまえがここに来るって聞いたんだ」
「なんで、今更」
「あのあと、すぐに仕事で海外に行ったんだ。
目が回るほど忙しくて、ずっとこっちには帰ってこれなかった。おまえに、会いに行く時間もなかった」
「会いに、って
私達、あの夜には終わったじゃない」
「なあ、違うんだ。聞いてくれ。
あの夜、おれは確かに最低なことをした。けど、あれは事故だった。おれは、あの女がおまえだと思ったんだ、暗いし、かなり酔っていたし、違うことに気付けなかった...」
「、
だからって、私と他の女を間違えるの」
「髪も長かったし、
.....本当にすまない。
すぐに言おうとしたが、おまえはいないし、連絡もつかないし...
でもこのことは電話やメールじゃなく、直接言いたかった。本当に、悪かった」
あのシャンクスが泣きそうな顔をして、小さい声でそう言った。
「そんなの、いまさら もうどうだっていいわ」
「ナマエ、」
「今はもう、あなたとは関係ないんだから」
「ナマエ」
「私は私で今幸せだし、あなたもいつまでも昔のことに縛ら、っ!」
言い終わる前に、抱き締められていた。
目の前には赤い髪、肺をいっぱいにさせる、シャンクスの 香り。
「っシャン、」
「愛してる」
「...!」
「一時も忘れたことなんてない。
おまえを 愛してる」
押し返そうと胸に当てた手が止まる。
絞り出すような声でそう告げられた言葉に、
その大きな身体を 突き放すことはできなかった 。
その顔を見上げると、まるで愛おしい宝物をやっと手に入れたかのように小さく笑うシャンクスがいて。
ゆっくり近づいてくるその顔に、そっと 目を閉じた。
「なに してんだよ、」
誰もいないその場所に、
怒りを噛み殺したような低い声がずん、と 響いた。
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